寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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お蔭様の言葉につきます・・

2017-10-15
 多くの方に見守られ、また、支えられて現在があると・・究極の忙しさだからこそ痛感しています。東円寺を手伝ってくれている方は皆、行事や様々な状況で忙しくなることを想定して、自発的にサポートしてくださっています。
 
 住職が忙しく法事や葬儀を心配なく行えること、息子が教区のお手伝いや他のお寺さんにお手伝いに行かせていただくこと、私がお花や御詠歌などのお稽古に行けること、すべて、支えがあるからできることです。
 
 お花のお稽古に来て下っている生徒さんや保護者の皆様も、様々なサポートをしてくださるお蔭で、花展のお花も褒めていただきました。生徒さんの担任の先生も来てくださり、ゆっくりお花を拝見されている姿は感動でした。来年のことは分かりませんが、終わって思うことは、今日一日の積み重ねが明日の一歩になるようです。
 
 明日も予定が入っています。感傷に浸っている暇は与えていただけないようです。

必死に・・

2017-10-14
 昨晩は、午後9時まで花展会場で生け込みのお手伝いをしました。伝統文化親子教室の自由花が12杯、伝統的ないけばなが5杯・・これほどの杯数のお花を生けているという実感はありませんが、必死さは誰が見ても伝わってしまっていると思います。
 
 生けるだけでも必死ですが、今日の法事と花展会場を行き来することも必死でした。時間が決められていますので、その時間に家に戻ればいいのですが、午前中は八王子支部の役員先生が来られていました。私が不在だったことは、親先生にご迷惑をおかけしてしまいましたが、寺の留守も預かる身です。どのような時にも、死にもの狂いで取り組むことが、寺以外のことをさせていただく許可が、仏様から出るのだと思っています。
 
 ドタバタしている私を背に、子供たちはのびのびとお花を楽しみ生けてくれていました。今日午前中は、参観日だったので、午後からはご両親と一緒に自分の生けたお花、また、先輩方が生けられたお花を熱心に拝見していました。
 
 土足参内を見学した娘は、釜堀阿闍梨が目の前を通るときにどうすればいいのか・・悩んだ末に、子供たちと合掌していたそうです。その様子をテレビカメラだったのか、新聞社だったのでしょうか・・撮影することを言われたと・・どこかに写ったようです。
 
 住職と娘と孫が一足早く帰宅しました。遅れること数時間・・息子も無事に帰宅しました。明日は、法事が幾つもあります。体力的には厳しい状況ですが、精神的には充実しているようです。私自身も、無事に法事が終わり、群馬の従弟が無事に自坊に帰宅し、花展の初日が終わり安堵しました。

一生に一度・・

2017-10-13
 明日、京都御所では、釜堀阿闍梨様が土足参内されます。ご縁あって、行者ではない息子もお手伝いさせていただき、その縁から土足参内に参列させていただけるお便りを頂戴しました。住職は、一生に一度しかない機会ですから、明日は法事が一つありましたが、群馬の従弟に来ていただき、今日出かけました。
 
 昨日、息子は如意輪院さんと車で出かけました。娘も子供二人連れて、住職と京都へ向かいました。私も本心は行きたかったのですが、明日から富士吉田分会の花展です。明日の法事は、従弟に細かな伝達をしなければいけない・・という大役があります。泣く泣く住職を送り出しました。それからが、食事もできないほど、お花の生け込みに時間を費やすことになりました。
 
 今日、娘は誕生日です。娘は娘なりに、子育てに追われ、疲れているようです。それでも、この様な機会が訪れて御所の中に入ることはありませんが、記念すべき式典の空気に触れられたことは、なによりの誕生日プレゼントになったのではないでしょうか・・

東円寺一隅を照らす運動・・

2017-10-12
 今日、東円寺一隅を照らす会が、富士山をきれいにする運動(公益団体富士山をきれいにする会)から、今年の功労賞をいただけることが新聞に掲載されました。
 
 東円寺一隅を照らす運動は昭和50年代に発足しました。しかし、活動実績がなかったため、お檀家さんや役員も一隅を照らす会というものが存在していることを知らない方も多いという状態でした。富士山世界文化遺産候補地として忍野村が名乗りをあげたときに、東円寺も微力ながら何か貢献できないか・・という話を役員さんに投げかけ、清掃活動をしたいという旨をお話すると賛同してくださいました。
 
 継続すること・・継続するために、忍野八海の8にちなみ、厳冬を避けた3月~12月までの8日を清掃活動日として決めました。賛同してくださった役員さんの頃は、八海周辺や河川などゴミも多かったので、達成感もあったと思います。とても和やかに活動が続いて行きました。
 
 人の身方というのは様々です。また、良く言う噂話より、悪く言う噂に賛同するもののようで、清掃活動は危機的な状況になりました。しかし、捨てる神あれば拾う神あり・・と言う言葉通り、活動に賛同してくださる方が数名いてくださったお蔭で、数年間は細々でしたが、現在まで継続しています。この表彰は、様々な意味で感慨深いものです。
 
 今日が最終日・・プチ修行最後の日には必ず感想文を書いていただいています。思うことは皆同じで、初日と2日目は、なぜ清掃をしなければいけないのか・・座禅など何の役にたつのだろう・・食事を皆と同じに食べること、音をたてないなど、厳しさの意味が分からない・・と。
 
 境内は、少しずつ秋を感じます。昨日きれいに履いた境内には、多くの落ち葉が落ちています。箒を持たされて、嫌々ながら掃き掃除をしていても、3日目には、境内がきれいになっていくことで、自分の気持ちがきれいになるような気がする・・と書いてくれた子もいました。自分自身を見つめる座禅・・命をいただく食事・・それぞれの意味に気付く様子が、短い文章ですが、伝わってきました。
 
 人の心というのは、不思議なものです。図り切れないことが多いのですが、真理は同じなのだと感じます。清掃活動も10年以上継続できている源は、清掃後の清々しい気持ちになることだと思います。奉仕活動は、人の心の奥に潜む仏性を目覚めさせるようです。

見えないものを見る力・・

2017-10-11
 修行とは、見えないものを見る力を育てることのようです。見えないものを見る力は、誰もが持っています。良いものを見て、素敵だなと感じるのは、その裏に隠された努力が、何となく伝わってくるからだと思います。
 
 修行をすることによって、何となく見ているものが、はっきり見えてくるようになる・・人生を重ね、経験を積み、それによって見えてくるもの・・
 
 この理論をはっきり分かるようになったのは、華道のお蔭です。日本人が長い時間をかけて積み上げてきた文化・・それは、まさに見えないものを見る力・・見えないところを見せる力・・です。空間美です。
 
 プチ修行は、明日までです。プチ修行に参加している子は、事前情報を入手しています。しかし、経験しなければ分からないことばかりなので、最初は戸惑い斜に構えて、けれども、義務感で与えられたことをやっていくうちに、達成感が湧くようです。その心境の変化は、顔つきが変わってきます。見えない何かを感じているようです。その表情を見ると、忙しい中でも、修行のお手伝いをさせていただいて良かった・・と、心から思います。