寺庭のつぶやき

客観的な視点・・・

2018-05-17
 今年は、先生を自分で選び授業選択をして受講している池坊中央研修学院での学校生活・・私は、実技よりも講義を楽しく感じています。今回先生を選ばせていただいた大きな理由は、客観的な見方を重視されることでした。
 
 自己満足であってはいけない・・日本の伝統文化であるいけばなは、おもてなしの心が詰まっています。おもてなしとは、自分の好みを相手に押し付けてしまってはいけません。相手の好みを想像しながら、その方が喜ばれる誂えをすることです。
 
 しかし、これが難しく一生懸命になればなるほど、自分の世界感に囚われてしまうのですが、心が囚われていることに気付かない場合も多いようです。
 
 何事も客観的な視点を備えていたいものです。お花を取り合わせる時のポイントは、そこに生けたときそのお花や葉が美しく見えるかどうかです。生けても葉と花の間に挟まれるようになり、葉や花が見えない、また窮屈に見えては意味がないよ・・と。
 
 その言葉は、生きるための極意に聞こえてきます。あまり効果的ではないことにこ囚われてしまうことが多いように感じます。今必要なこと・・客観的に物事をとらえる視点を学んでいます。

タペストリー・・

2018-05-16
 お花を生けるためのタペストリーを作成しますと、タペストリーは花器ですから植物を変えて生ける楽しみが増えます。壁に飾られる生花は、置いてあるお花と違った魅力があります。
 
 壁にかけるお花ですから、宙に浮いていますので、その雰囲気から植物を選ぶには、ふわっとした軽い感じのものが合いますが、私は、可愛らしいひまわりを見てそれを生けたくなりました。
 
 元気になるお花をイメージしたひまわり・・重たく見えないように・・そんなことを思いながら生けました。自由花は、私の想像に翼を与えてくれるように思います。
 
 植物に関心のなかった私が、お花を生けることを楽しく思うようになったのは、本堂の渡り廊下にお花を生けてあることに気付かれた人が「心が和みました・・」という言葉を耳にしたからです。お花を生けることによって人の心を和ますことが出来るのなら・・そんなことを感じながら、生け花を学んでいます。

ミニチュア自由花・・

2018-05-15
 一度はきっと学んだと思われるミニチュア自由花・・花器の大きさは最近は見かけませんが写真フィルムの容器ほどです。一度目は、講義を聞きその後実技があったと思いますが、あまり印象に残っていません。
 
 作品の大きさは、A4番サイズを半分にした高さほどの大きさですから花器の大きさと花の分量を考えて生けます。しかし、小さな花ばかりを入れてはインパクトのあるお花にはなりません。
 
 葉のないものに花を添えて、器の形や質と色、それに合わせて植物をどのように取り合わせていくのか・・花器口が小さいので小さなお花を対象効果によって大きく見せるためのテクニックは、簡単ではありません。
 
 クローズアップさせたお花・・を頭の中でイメージします。普段生ける花の小さなお花が大きな花の役目をします。その役目を果たしてもらうためには、大きく見せるお花よりも小さなお花を生けて、その後色の取り合わせによって全体をまとめていきます。
 
 基本が分かる・・というミニチュア自由花・・先生のご指導によって、教室のお花たちは、一つ一つのお花や葉一枚一枚が生き生きと生けられていました。いけばなの魅力は奥深いものです。

必死に・・・

2018-05-14
 数年間お勉強した授業形態とは全く異なる空気感は、緊張を高めました。クラスの方は人間的に魅力ある方ばかり・・その中で、初めての方ばかりなので、無意識に自分を作ってしまうので疲れます。
 
 数日後には、私という人間がどういう人であるのか、分かってしまうので、作る必要はないのですが、これも性なのだと思います。仕方ありません。
 
 お花を生ける前に、教室の状況を知ることに神経を使っているのもおかしいな・・と思いながら、無意識というのは勝手に身体も心もそのように反応してしまうのですから、どうにもなりません。
 
 様々な意味でとても緊張した一日でした。けれども、自由花は面白い花型であることを改めて感じました。

餅屋は餅屋・・・

2018-05-13
 今日から京都でお花の勉強会があります。その前に東円寺のパンフレットの打ち合わせをすることになっていました。一昨日までの間に数軒の葬儀をしたり、個々に予定が詰まっていますので、様々に予定変更をしました。
 
 打ち合わせの時間も変更していただきました。京都はどしゃ降りの雨が降っていました。自家用車で行くのか・・新幹線で行くのか・・前日まで迷いましたが、荷物が多いことが最大の理由で自家用車で行くことを決めました。
 
 お約束の時間よりも少し早く到着したので、隣のビルに雨宿りすることにしました。大粒の雨が空から降っていました。気忙しい日々の中で、雨が降っているからと空を眺めることはありません。忍野村は海抜が高いせいでしょうか、雲を近く感じることがあります。しかし、京都の空は、高いところに雲を感じ、空を見上げて大粒の雨がリズムよく落ちてくる様子が、神秘的に思えました。
 
 10分程度だったと思います。いよいよ打ち合わせを始めますと、目から鱗が落ちることばかり・・東円寺の仏像の写真をデータで送ってありました。その写真を見ながら、様々なアングルの写真がほしい・・と言う言葉を聞いてもその意味がはっきりと理解できないので曖昧に返事をしますと・・
 
 用意された仏像の写真が掲載されている雑誌を見せてくださいました。仏像の写真といえば、なぜか正面から見たものを当然のように掲載すると思い込んでいました。しかし、確かにお寺の紹介や仏像を紹介する写真は、正面からだけではなく様々なアングルで撮られいました。雑誌んなども見ているはずですが、見えていなかったようです。餅屋は餅屋なんだな・・と、当たり前のことですが、とても新鮮な感情が湧いていました。