寺庭のつぶやき

先生は大変・・

2018-05-18
 日本橋三越では、16日から21日まで池坊花展(本部展)が開催されています。一般的に池坊の花展は2日間交代になります。1部展が16日・17日、2部展が18日・19日、3部展が20日・21日です。
 
 同じお教室に、2部展に出展される方、3部展に出展される方がいました。2部展に出展される方は2日前に帰られて、3部展に出展される方は、明日生け込みがあるそうですが、帰宅されてすぐの生け込みですから、気力・体力ともにお辛いと思います。また、学校花道をされているようで、お弟子さんも出展されるとか・・先生という方は本当に大変です。
 
 そのような背中を見せられては、弱音など言っていてはいけない・・と思うのです。帰宅しますと、私に文句を言われまいと必死に整理整頓された形跡が・・ここでもやはり弱音を言う状況にありません。
 
 洗濯物の詰まったトランクを開けて、必死に洗濯機を回して、様々なお花に使った道具を片づけて寝室に行きますと、孫が待っていてくれました。お風呂に入り、孫を寝かしつけ、洗濯ものを干して布団に入ると12時を過ぎていました。明日も・・予定を思い出したくないほどですが、頑張っている先輩たちがいるのですから・・私も頑張らないと・・

客観的な視点・・・

2018-05-17
 今年は、先生を自分で選び授業選択をして受講している池坊中央研修学院での学校生活・・私は、実技よりも講義を楽しく感じています。今回先生を選ばせていただいた大きな理由は、客観的な見方を重視されることでした。
 
 自己満足であってはいけない・・日本の伝統文化であるいけばなは、おもてなしの心が詰まっています。おもてなしとは、自分の好みを相手に押し付けてしまってはいけません。相手の好みを想像しながら、その方が喜ばれる誂えをすることです。
 
 しかし、これが難しく一生懸命になればなるほど、自分の世界感に囚われてしまうのですが、心が囚われていることに気付かない場合も多いようです。
 
 何事も客観的な視点を備えていたいものです。お花を取り合わせる時のポイントは、そこに生けたときそのお花や葉が美しく見えるかどうかです。生けても葉と花の間に挟まれるようになり、葉や花が見えない、また窮屈に見えては意味がないよ・・と。
 
 その言葉は、生きるための極意に聞こえてきます。あまり効果的ではないことにこ囚われてしまうことが多いように感じます。今必要なこと・・客観的に物事をとらえる視点を学んでいます。

タペストリー・・

2018-05-16
 お花を生けるためのタペストリーを作成しますと、タペストリーは花器ですから植物を変えて生ける楽しみが増えます。壁に飾られる生花は、置いてあるお花と違った魅力があります。
 
 壁にかけるお花ですから、宙に浮いていますので、その雰囲気から植物を選ぶには、ふわっとした軽い感じのものが合いますが、私は、可愛らしいひまわりを見てそれを生けたくなりました。
 
 元気になるお花をイメージしたひまわり・・重たく見えないように・・そんなことを思いながら生けました。自由花は、私の想像に翼を与えてくれるように思います。
 
 植物に関心のなかった私が、お花を生けることを楽しく思うようになったのは、本堂の渡り廊下にお花を生けてあることに気付かれた人が「心が和みました・・」という言葉を耳にしたからです。お花を生けることによって人の心を和ますことが出来るのなら・・そんなことを感じながら、生け花を学んでいます。

ミニチュア自由花・・

2018-05-15
 一度はきっと学んだと思われるミニチュア自由花・・花器の大きさは最近は見かけませんが写真フィルムの容器ほどです。一度目は、講義を聞きその後実技があったと思いますが、あまり印象に残っていません。
 
 作品の大きさは、A4番サイズを半分にした高さほどの大きさですから花器の大きさと花の分量を考えて生けます。しかし、小さな花ばかりを入れてはインパクトのあるお花にはなりません。
 
 葉のないものに花を添えて、器の形や質と色、それに合わせて植物をどのように取り合わせていくのか・・花器口が小さいので小さなお花を対象効果によって大きく見せるためのテクニックは、簡単ではありません。
 
 クローズアップさせたお花・・を頭の中でイメージします。普段生ける花の小さなお花が大きな花の役目をします。その役目を果たしてもらうためには、大きく見せるお花よりも小さなお花を生けて、その後色の取り合わせによって全体をまとめていきます。
 
 基本が分かる・・というミニチュア自由花・・先生のご指導によって、教室のお花たちは、一つ一つのお花や葉一枚一枚が生き生きと生けられていました。いけばなの魅力は奥深いものです。

必死に・・・

2018-05-14
 数年間お勉強した授業形態とは全く異なる空気感は、緊張を高めました。クラスの方は人間的に魅力ある方ばかり・・その中で、初めての方ばかりなので、無意識に自分を作ってしまうので疲れます。
 
 数日後には、私という人間がどういう人であるのか、分かってしまうので、作る必要はないのですが、これも性なのだと思います。仕方ありません。
 
 お花を生ける前に、教室の状況を知ることに神経を使っているのもおかしいな・・と思いながら、無意識というのは勝手に身体も心もそのように反応してしまうのですから、どうにもなりません。
 
 様々な意味でとても緊張した一日でした。けれども、自由花は面白い花型であることを改めて感じました。
天台宗 東円寺