寺庭のつぶやき

タイムツリー・・・

2018-02-13
 今日は久しぶりに東円寺のミーティングをしました。東円寺のパンフレットの製作についてや、スケジュール管理について話会いました。
 
 息子が「タイムツリー」というアプリを見つけ、このアプリを東円寺で使ってみたらどうだろう・・という提案をしてくれました。操作も難しくありませんので、導入することになりました。
 
 様々な人の予定を複数の人が確認できる便利アプリ・・知らなくては損かもしれません・・忙しい時代です。時間に追われて生活していると、家族の予定を忘れてしまうこともあります。気付いた人が、更新できるのも利点です。
 
 やはりミーティングは重要です。パンフレットの内容についても多少話すことができました。4月までの間に、意見交換をしながら見て楽しんでいただけるパンフレットができるよう、話し合いを重ねて行く予定です。

最終チェック・・

2018-02-12
 平成29年度の伝統文化親子教室の報告書の提出期限が迫っています。中央研修学院へ行く前に、8割ほど終わらせていましたが、最終チェックをしなければなりません。
 
 どのような仕事も大変です。けれども、昨年末ペレットストーブを設置し、このストーブは補助金請求をしていましたが、難しい書類ではないように感じました。補助金という制度は同じようですが、伝統文化親子教室はとても細かな書類が必要です。事業内容も充実したものでなくてはなりませんので、とても気を使います。
 
 昔から分かっていたことですが、私は事務的な仕事に向かない性格ですから、見直す度に訂正箇所があり、注意力が散漫であることを反省します。そこで、構成員になっている方にも確認作業に加わっていただきました。大きなミスはなかったので安堵しました。

報告に・・

2018-02-11
 ここ数日、様々なことがあり過ぎて、頭が混乱しています。頭の中にある引き出しのどの引き出しに情報をしまえばいいのか・・少し時間がかかりそうです。
 
 しかし、時間は待ってくれませんから、一秒でも早く整理整頓したいのですが、焦るのも禁物と思って平静を装っていますが、本音は混乱している自分に焦りを感じています。
 
 研修学院に行って来た報告を親先生にしなければなりません。心配してくださっていますので、当然のことですが・・できの悪い生徒ですから、褒められるようなお花は生けることができません。先生方から様々な注意を受けましたので、どのようなことを注意されたのか報告しました。
 
 お花のことだけでも未来のことを考えると頭が痛くなります。今ば、親先生が元気にお花を続けてくれることだけが私の望みです。お花の話になると目がキラキラ輝く親先生でした。

布教師研修会・・

2018-02-10
 昨日住職は、東京で研修会がありました。講師は、大学時代の先輩で、ご実家が寺院の弁護士をされている方です。現代は、様々な情報が溢れていますが、溢れているからこそ落とし穴があるように思うのは私だけではないと思います。
 
 そのような中で、寺院は税制面で免除されているという情報だけが独り歩きをして、寺院は免除されていても、住職の給料はきっちり税金を納めていることを知らない人が多く誤解が生まれます。
 
 何事も誤解というのは、知らない・・と言うことから生じますが、弁護士先生は、寺院側も学ぶ姿勢をもっていることによってトラブルを回避できるという話をしてくださったそうです。
 
 人の噂も七十五日・・と言いますが、確かにそう思って我慢や辛抱することで新しい道が見えてくることもあるのかもしれません。言ううほど簡単なことではありませんが・・
 
 深刻な話もあるそうです。東京は葬儀にかかる費用が高いことで、寺院離れが起きているそうですが、そのような中でも、人情味あふれ親身になって相談に乗ってくださるご住職もいらっしゃり、そう言う寺院には、多くの新檀家が増えている状況もあるそうです。
 
 この世の中は、人と人との縁だけで社会は動いているのですから、視野を広げ多くのことに興味を持ち学ぶ姿勢は、重要なのかもしれません。住職は、とてもためになる研修だったと喜んでいました。

特別な一日・・

2018-02-09
 途中、様々な事情で教室に通えない年がありました。そのような中で特別課まで終了できたことの意味深さは感慨深いものです。しかし、大学の講義に小学生がいるようなレベルの違いを感じますので、今後の努力を思うと厳しい状況は全く変わりません。
 
 池坊中央研修学院院長のお言葉に、年齢に関係なく学ぶことができることは幸福であると言います。見方を変えると、老若男女問わず学べることがどれほどあるのでしょうか・・小学生レベルだと分かっていても、焦らずにいられるのは、コツコツと努力を重ねて行くことによって、その努力が報われることを知っているからだと思います。
 
 終了・卒業の余韻に浸っていたいところですが、今日は伊崎寺で行われている弁天様の浴酒に参列するため、学院を後にしました。明日の予定を考えますと、一目散に家路に着きたい思いでしたが、弁天様からせっかくお声をかけていただことを感じると、行かないわけには参りません。
 
 ただただ弁天様にお呼びいただき、何かの力を頂戴したように感じました。その何かが分かる時は、まだ遠い未来です・・もし10年前現在も継続している檀家さんと行く比叡山団参を特別な時間にしたいと考えて、龍石寺ご住職にご相談していなかったら・・上原阿闍梨様という存在を知らなかったと思います。龍石寺ご住職の言葉と阿闍梨様の人柄に甘えるだけで、自分の無知さを反省しなかったら、現在のようなご縁に発展することはなかったと思います。
 
 人は誰でも多くのチャンスがあるそうです。そのチャンスをつかむかどうか・・その選択が未来を変えているのだとしたら、仏様からいただけるご縁はあり難く頂戴したいものです。