寺庭のつぶやき

新年度に向けて・・・

2018-03-29
 娘が結婚してから、あっと言う間に6年の歳月が経とうとしています。子育ては若い方が良いという私の持論があり、娘夫婦もその考えに賛同してくれたのでしょう??年子で可愛い孫を生んでくれました。
 
 赤ちゃんからある程度物事が理解できるようになるまで、娘なりに必死だったようです。最近は、子育てに慣れてきたようで、今までの反動もあり、私の一言一言がイライラするようです。衝突することもありますが、冷静に考えますと、孫が成長してくれているので、少しずつ生活が変化しているようです。
 
 しかし、生活と言うものは時間に流されるものですから、孫の成長によって生活が変化していることに気付くことは難しいことです。けれども、幼稚園は春休みになり、上の子は年中に進級、下は年少さんに進級します。孫は子供社会の中で、1年学年が上がることを理解しています。幼稚園のお便帳や絵や工作の数々を片づけることも、子供の成長を感じ嬉しい反面、どのように片づけるようか・・と娘は頭を悩ませていました。
 
 数日温かい日が続いていますので、生活スタイルも冬から春仕様に・・と、私が無性に掃除をしたくなると、そのスイッチの入り方が嫌だ・・・という娘の言葉に耳を貸さず、今日は大掃除をしました。いつものことですから、娘も諦めて手伝ってくれました。片づけをすることによって、孫の成長を感じる時、生活が変化していたことを感じましす。
 
 時代の変化と言うものも、敏感に感じられるよう心がける必要があるようです。スマホの普及によって人々の生活はスマホのなかった時代とは比べ物にならないほど加速しています。時代に逆らうことはできませんが、時代に流されることなく、自分の価値観を忘れることなく、便利なものを上手に使う・・・理想通りに行かなくても、心がけることが大切であると感じます。

春爛漫・・・

2018-03-28
 毎年恒例の東京上野で行われる第85回池坊東京都連花展に、親先生が出展するため、お手伝いに行きました。上野公園の桜は満開でした。
 
 花展が何よりも大変なのは、花器・花材など荷物が多く重たいことです。また、お花は生ものですから、2日間の出展期間ですが、照明や室内温度によって水揚げの状態が何より心配です。
 
 八王子支部富士吉田分会・・山梨に住まいながら、組織は東京に属していることで、毎年東京都連華展に参加しています。山梨から東京までの距離が遠く、ここ数年は、前日に生け込みができるようになり多少負担は軽減されました。それまでは、当日午前8時30分までに上野に到着していなくてはいけなかったので、いつもドキドキハラハラしていました。中央線では、人身事故などがあると時間に間に合わない心配もあります。
 
 私はある時から自家用車で行くようになりました。今年は、桜が満開ということもあり、本当に多くの人がいました。信号を右に曲がると渋滞でした。止まってしまった場所が、横断歩道のど真ん中・・渋滞に慣れているドライバーは、前の車の左や右側に突っ込んで止めていました。気付いたときにはすでに遅く、横断歩道の信号は青に変わっていました。歩行者にじろじろ見られて悲しくなりました。
 
 50メートル先に、スマホで私の車を写メだったのか・・動画だったのでしょうか・・撮られているように見えました。横断歩道の真ん中に止まってしまったことはいけないことですが、道路状況で仕方がなかったのです。この写メを警察に・・などと考えると、また急に嫌な気持ちになりましたが、そういえば・・ドライブレコーダーがついています。そう思った途端・・ホッとしました。
 
 何が起こるか分からない時代ですから、便利アイテムは上手に使わなくては・・と思いました。

想像する・・・

2018-03-27
 平和であることは、時に想像力が乏しくなる傾向にあるようです。それは、ある種当然の現象なのかもしれません。
 
 孫はお蔭様で、大病することなく健やかに育っています。その成長には目を見張ります。ところが、私たち大人はどうでしょうか・・孫たちと同じ時間を過ごしていますが、目を見張るような成長はありません。当たり前のことですが、実感している人は少ないように感じます。
 
 子供を育てている親ならばなおさら、必死過ぎて目の前で繰り広げられる惨劇(食べものをこぼす。兄弟げんかなど)を対処することで精一杯です。その結果視野が狭くなっているようです。
 
 必死になり過ぎ、心をコントロールできないほどストレスが溜まりますと、時に親に、時に夫に怒ることもあります。少しでも、気持ちを落ち着かせようと、話をしても時には逆効果のことがあります。
 
 それでも、親ですから必死に話をしている自分を客観的に見て、親ばかと感じることがあります。ストレスによって、言われていることを想像する力も弱まってしまいます。どのようなことでも、自分以外の誰かや何かを想像することができたら、視野はグッと広がると思います。

「別冊太陽」京のたしなみ・・

2018-03-26
 2018年3月23日に発売された「別冊太陽」京のたしなみ日本のこころ259号は、オフィス安藤の安藤様が構成や編集を担当されています。この方とのご縁も、不思議なことばかりです。
 
 編集後記を抜粋しますと、「京都は大人仕様の町、子供をのさばらせない町である(中略)年齢にかかわらず子供に甘んじる限り「半人前の居心地の悪さ」からはぬけだせない(略)」耳に痛い言葉が並んでいました。
 
 たしなみ・・とは何か?について掘り下げられた深い内容に、伝統文化の継承や、生きる根源を考えさせられます。「京のたしなみ・・」と聞きますとどこか遠い存在に感じる方もいるかもしれませんが、日本の文化が詰まった、また、高度成長の波に飲まれて忘れ去られようとしている、日本人として養われてきた精神性を見直すことのできる一冊であると感じます。興味を持っていただき、ご購入していただきたい一冊です。
 
 読んでいただきたい冊子がある一方で、売れに売れている終活と名のつく書籍類・・何よりも重要なことが書かれていないことに憤りを感じています。
 
 先日、先代から長くお付き合いがあったある方が亡くなれていました。その方は、現住職に生前戒名を願われ、東京方面の霊園墓地にお墓を立て、お墓が出来上がったときにはお呼びいただきお祓いをさせていただいたそうです。ところが、亡くなられたことは、親戚筋から聞くことになり、なぜ寺に連絡がなかったのか・・その理由もその方からお聞きしました。
 
 奥様は健在で、夫の意思を子供に伝えたようですが、東京にお住まいなので、山梨からわざわざ住職を頼む必要もないだろう・・そう子供さんが言いきり、母親として子供に逆らえず葬儀は近隣の寺院にお願いしたそうです。奥様は、親戚に東円寺の住職に合わせる顔がない・・と困られていたようですが仕方ありません。
 
 終活で何より重要なことは、お子さんがいらしたら、お子さんと生前にしっかり話し合いをすることだ思います。終活雑誌には、まるで亡くなった本人の意思が通るような錯覚に陥る書き方をしていますが、どれほど準備万端にしても、亡くなったご本人が葬儀をするわけではありません。様々な生活用品を処分するのも残された者がするのですから、自分の意思はあるようでないと考えるべきものと思います。
 
 現代社会の情報は、現実的には難しいことを準備さえすれば大丈夫・・というように錯覚させて、惑わせる傾向にあると思います。宗教、宗派によって、様々な考え方があります。同じ宗派でも住職の考え方によって違います。十把一絡げにしたような内容の冊子に、イラッとするのは私だけ・・・でしょうか?

日々感じること・・

2018-03-25
 自分に自信満々な人はいないと思います。自身は、積み重ねてきたことだけが繋がるものですから、最初から自身のある人がいるとしたら、それは自信ではなくうぬぼれているのだと思います。
 
 けれども、特に日本人は謙虚が美徳とされる人種ですから、必要に謙虚になり過ぎて、そこまでできれば自分で自分を認めてもいいんじゃない・・と、客観的に思うことがあっても、自分に置き換えると自分の努力を認めない人も多いように感じます。
 
 何よりも、自己と向き合うことが重要だと思います。自分の好きなもの、嫌いなもの、大切に思うこと・・大切に思うことは、人によって違います。他人の価値観と自分の価値観は違って当たり前です。けれども、多くの悩みは、他者との価値観の違いから生まれていることに気づいている人は少ないと思います。
 
 対外的に頑なに自分を表現するということではなく、自分の価値観は自分だけでのものであり、今ここに存在する自分は唯一無二の存在で尊いということを忘れてはいけないと思います。自分らしく生きることができたら・・思い通りに生きることはできませんが、せめて心は何かに囚われることなく、のびやかにありたいものです。
天台宗 東円寺