寺庭のつぶやき

肩が・・

2018-01-02
 午前2時頃目が覚めました。起きあがろうと思うと肩に激痛が・・痛すぎて肩があがりません。それでも痛みより疲れが勝ってそのまま眠りました。朝になれば大丈夫かしら・・などと呑気に考えていましたが、やっぱり痛い・・
 
 2日は、親戚が年始に来てくれます。お重に詰めたおせち料理と、雑煮をお出しします。最初の家族が午前10時に来てくれたと思うと、そのまま絶えず入れ替わりで午後4時頃までお客様がいました。
 
 何よりも3代目ジェイソールファンの何度か東円寺にお越しくださった方が、ご主人を連れてお参りに来てくださいました。実家も海なし県ですし、山梨も海はありません。私自身がお魚好きではないことも災いしているのですが、今朝取り立ての鮑とサザエをもって来てくださり、ご主人が漁師さんという職業なので漁に出られて卸した中の一部をもって来てくださった・・と勘違いしていました。
 
 田舎の風習で、お正月にお越しになったお客様(不特定)に雑煮を振る舞うものだと言いますので、親戚が来てバタバタしていたのですが、台所でしたが雑煮をお出ししました。何気ない話をしていて、「今日はどの程度の収穫があったのですか?」とお聞きすると、「これが全部です」と。よくよくお話を伺うと、素潜り漁で収穫した品々でした。それほどの思いをいただきながら、魚に疎い私ですから、事情を話してお言葉に甘えてさばいていただきました。
 
 お正月・・海の高級貝を満喫させていただき、住職はご満悦でした。縁というのは、自分の意思で測れない不思議なものであることを痛感しました。夢中で接客していた時には、痛みを忘れていましたが、お客様が帰られた途端激痛が・・鎮痛剤を飲み、何とか痛みに耐え、知人から「40肩とか50肩じゃない・・」と言われ、話には聞いたことがあるけれど、こんなにも痛いものなの・・と。ぎっくり腰が良いのか・・寝違えて首が痛い方が良いのか・・今日はとても痛かったり、感激した一日でした。

2018年元旦・・

2018-01-01
 昨晩実家の母と電話で話をしました。母はしみじみ「除夜の鐘・・撞きに行きたいわね・・お正月もどんな感じなのか知りたいわ・・」と。実家も元旦には元旦祭と言うものをしますので、父から弟へ世代交代ができて、母が元気でいてくれたら山梨に来ることが出来るかもしれませんが厳しい現実があります。
 
 私自身も、東円寺にご縁ある以前は、元旦祭の準備を手伝い、元旦祭が終わると近所のお宮さんへ初詣していました。何となくおせちをつまみ、ダラダラと何も考えなくて良い時間を過ごしていました。
 
 けれども寺院は違います。特に鐘楼のあるお寺は、明け方近くまで仕事をして翌朝普段通り、年始に来られる檀家さんや役員さんのご挨拶を受ける寺院も多数あるので、普段の数十倍頑張らなければなりません。そんな理由から、暮れからお正月は数年前まで辛くて仕方ありませんでした。
 
 娘が結婚したことで手伝いの手が増えたこと、継承しなければいけない責任感が、辛いと思うだけで見えなかった大切なことに気づきました。気忙しい日々を送っている人々にとって、除夜の鐘を撞く意味とは・・役員さんも、役員だから仕方がない・・それだけでお手伝いできるのかしら・・様々な環境の中で、手伝ってくださる方、除夜の鐘を撞きに来てくださる方あっての年末行事です。とてもあり難く感じました。
 
 元旦の朝は、石川啄木が詠んだ「何となく 今年は良いことあるごとし 元旦の朝、晴れて風なし」という詩を住職が隣で諳んじ、確かにそんな朝だわ・・などと思ったり・・空気がキラキラ輝いているように見えました。
 
 夜中までお付き合いくださった役員さん方は、正装されてお年始にお越しくださいました。今年も一年間お世話になるのはこちらの方です。

大晦日・・

2017-12-31
 おせち料理を作ることにしたのは、年始に役員さんが来られるからです。嫁いだ年は喪中でしたが、役員さんは年始に来られます。どうしていいのか分からず、知り合いの料理屋さんからおせちのお重を購入しました。ところが、形式的な年始の挨拶ですから、お酒を飲んで時間を忘れて飲んだり食べたりするわけではありません。結局、お重で出されても遠慮もありますので箸は進みません。
 
 多少料理をつまむと、つまんだところは穴が開いたように見えますので、あくる日親戚が年始に来てくれますが、食べ散らかしたように見えてしまうのでは・・と考えたり、私自身が苦手な食材が多いので食べきれないという事態も・・
 
 そこで、松花堂弁当の弁当箱がたくさんありましたので、その中におせち料理を積めて、食べきれないものは、お弁当箱ごと持って帰っていただくことにしました。年始のお返しになりますし・・様々な品数を作り、手作りでしたら飾ったお重に料理が少なくなったら足すこともできます。あの頃私はまだ若く、今年の倍の量を作りました。
 
 大晦日はおせち料理だけではなく、午前中除夜の鐘の準備に来てくださった役員さんにお昼をお出しします。最近横浜の寺院へお邪魔する機会があり、お昼時になると、それは美味しいお弁当がデリバリされてくるのを見ますと、羨ましく感じますが、財政的にも田舎という立地からも、デリバリしてくれるお店もありませんし、寮の問題もありますので作ることは一石二鳥です。明日のための食事の準備をしながら、昼食の準備を20名ほど、作ること片づけること・・時間だけが過ぎていきます。
 
 今年は、家族が食べるおせちを知り合いからお取り寄せすることにしました。その分、作らなければいけない量が減ります。分量が減ると時間短縮になり、短縮された時間で掃除ができます。今年は効率よく仕事ができました。
 
 だて巻き担当は、仲良し男子2人組・・3年前から娘とバトンタッチして作ってくれています。豆腐のだて巻きです。とても上手に焼き目がつき、とても美味しく作ってくれました。
 
 除夜の鐘は、豚肉とねぎのすいとんと甘酒です。大きな大きな鍋で作るすいとんも時短料理です。以前は、けんちん汁を作っていました。具材の野菜を刻むだけで半日が過ぎていました。様々な工夫はこれからも必要だと思います。それでも、除夜の鐘を撞き終わり、役員さんと年越しそばを食べて、片づけてお風呂に入って眠る頃は午前4時近くなっていました。長い長い一日・・今年も無事に年が越せました。
 
 東円寺にご縁ある皆様のお蔭で一年を終えることができました。心か感謝申しあげます。

おせち料理・・

2017-12-30
 私が何よりも辛かったのはお正月の準備でした。過去形になっているのは、やっと当たり前に準備できる心になったからだと思います。様々な経験を通して心に余裕が出てきたのかもしれません。
 
 日本はおもてなし文化です。ところが、茶道や花道が花嫁修行であった時代とは違った時代に育ち、そのような時代でも、育ちの良いお嬢様はお母様の子育ての中に、礼儀作法を身につけるためにお稽古されている方もいたでしょう。私には無縁の世界でした。
 
 本堂に続く廊下や床の間にきちんと花を生けたい・・お稽古に行っていればお稽古したお花を生けておくことが出来る・・その目的だけでお花のお稽古に通った日々・・・お花の魅力を知り、自分で花材を選び生けられるようになったのはここ数年です。まさか・・おせち料理を作っている私を、学生時代の私が知ったら驚き呆れてしまうでしょう。
 
 毎年NHKの今日の料理のおせち本を購入して、その中から厳選し毎年作る料理が決まってきました。栗きんとんも手作りですし、だて巻きも・・幼かった子供が大きくなり、現在一つ一つの料理は担当がいます。年々腕が上がり、今年は昨年以上に美味しい栗きんとんが仕上がりました。楽しみです。

逆縁起・・

2017-12-29
 私が嫁ぐ以前は、餅つきの長は先代住職、現住職の父親でした。それは厳格な人で、大柄な体つきといつも苦虫を噛み潰したようなお顔でいるので、印象は良いとは言えません。けれども、心は誰よりも温かく慈悲深い人でした。時々見せてくれた笑顔が、とてもキュートだったと言っては失礼ですが、人間味のある方で尊敬していました。
 
 私が嫁いだ1年前、先代の奥様は他界されていました。忌服という習慣のある日本です。その年家族に不幸がありますと、お正月はお供え餅や松飾はしません。ところが、仏様は穢れはいいませんので、ご本尊様を始めそれぞれの仏様に、奥さんが亡くなったからとお供え餅をお供えしないということもありません。次の年に、先代も他界されましたが、松飾はしませんが粛々とお正月準備は進められました。
 
 当時のお餅つきは25日・・お寺の餅つきが終わるとあくる日26日が部落のお餅つきだったようです。けれども、繰り返しになりますが、クリスマスという風習が根付いてしまい世話しない・・サラリーマンは年納めの仕事に追われいますから、お手伝いも難しい・・温暖化の影響もあり、お餅がカビてしまうことも・・
 
 住職が兼務しています上野原では、苦をつくと言って29日に餅つきをする風習があると聞きました。先代は機械でついていたようですが、ご縁あって杵と臼をご寄付いただき、お供え餅ものし餅も杵と臼でつくことができています。結局、年末バタバタしてしまいますが、様々な縁を考えますと29日に変更して良かったように思います。当時赤ちゃんだった子供が、来年成人式を迎えます。独身だった人が奥さんを連れ、数年後に子供を連れて餅つきに参加してくれています。血縁ではなく、不思議なご縁で集う人々の手によって、仏様のお供え餅が作られています。
 
 娘も子供が二人・・御餅の大好きな二人の孫は、お腹がはちきれんばかりに、つきたてのお餅をほおばっていました。今年も、お餅つきに参加してくれた方々と、お檀家さん、東円寺に縁のある方々の苦をつき、来年が良き年となるよう願いました。
天台宗 東円寺