寺庭のつぶやき

伝統文化親子教室の書類提出・・

2017-11-13
 9月半ばから10月いっぱい、行事に追われました。東円寺の行事と花展です。そのような中で、気がかりだったのは、伝統文化親子教室の提出書類を作成することでした。期日は11月17日までに、市町村の教育委員会に提出することになっています。15日・16日は、岩手県に行かなければいけませんので、その前に提出することにしていました。
 
 昨日、書類作成が終わりました。文化庁の伝統文化親子教室のHPから書類をダウンロードします。昨年とほぼ同じ内容の注意事項が書かれていましたが、変更箇所も幾つかありました。今年分の補助をいただいていない状態で、来年度の申し込みをしていることに違和感を覚えながらも、それが補助金制度のようです。
 
 間に合ってホッとしました。午前中は、生涯学習で大人のためのお花のお勉強をしました。それぞれの作品に個性があり、とても素敵に仕上がっていました。

諦める・・

2017-11-12
 今日は、私が参列しなければいけない法事が2軒ありました。11時と12時・・嫁いで初めての経験です。11時の法事のお宅は、お斎は断らせていただきました。日々、生活に追われていますが、法事をはしごすることになるほどスケジュールが詰まってくると、まるで売れっ子芸能人のようです。
 
 息子は、友人の結婚式参列するため、法事を終わらせて、やはりお斎をお断りして、出かけていきました。仕事とプライベート・・必死すぎて、自分が何をしているのか分からなくなっているかもしれません。
 
 なるようになる・・そんな風に思わずこだわってしまうと目の前のことも手につかなくなってしまいます。職業病かもしれませんが、諦める・・ということに慣れます。悪い意味の諦めではなく、生活を円滑に進めるための生活の知恵だと思います。
 
 11月はまだ幾つもの重要な出来事が待っています。日常を諦めながら、優先順位を決めて、やらなければならないことをやり切りたいと思っています。

発表会・・

2017-11-11
 今日は、孫のヤマハの発表会が韮崎市でありました。ママ友と話会いながら、可愛い衣装を作っていました。二人とも、泣くことなく、立派に舞台に立っていました。
 
 私は、両親の教育方針というと聞こえが良いのですが、宗教だけを信じていたので、それ以外のことに全く関心はありませんでした。そのような中で育ったから孫の教育に力を入れているのか・・と言いますと、熱心なわけではありません。
 
 学びはどこにもあります。そう思うのは、両親のお蔭かもしれません。自分と自分以外の方との違いを感じたときから、瞬時に比較する習慣がつきました。自分を育てている両親の言うことと、他者は全く違ったことを言います。矛盾を感じます。
 
 「世の中は矛盾だらけだ・・仕方がない・・」そのように諦めきれなかった私は、40代前半まで世の矛盾について考えて現在は、その謎を解く方程式のようなものが見つかったように思います。様々な側面から捉えると、人間の優しや弱さを感じ、とても愛おしく感じることもあります。時には、「えっ・・なぜこんなことを言うの・・」理解できない人に対してそんな風に感じることも多々ありまので、まだ成長段階にあります。
 
 そのような経験の中で、幼い頃から多くの子供、多くの大人と関わること、人間関係を学ぶことが重要だと感じています。多くの人と触れ合う中で、知恵が生まれます。様々なところで努力している人がいて、自分に何が足りないのかを想像できる人になってほしいと願っています。
 
 今日は、先代の命日でした。気忙しくいていたので、すっかり忘れていました。夜ふっと思い出し、お線香をあげて、家族が健康に暮らせていることを感謝しました。

縁というのは・・

2017-11-10
 私の実家は栃木県栃木市です。栃木・・と言えば、慈覚大師円仁様の生誕地とされる壬生寺へは車で20分ほどのところです。婿に来てくれた実家のお母様の実家は、私の実家から車で15分ほどのところだと聞きます。縁というのは、どのような形で繋がっているのか分からないものです。
 
 今日は10日です。毎日、スケジュール帳を見ながらやっと日々の生活を送っていますが、今日という日に実家へ行くことがほとほと嫌でした。けれども、不思議なことは起こるものです。
 
 婿のお母様の実家に用事が出ました。娘も栃木へ行く予定でした。子供たちを幼稚園に送り出した後、栃木へ向かい、お迎えは父親にお願いする予定だったようです。ところが、栃木へ行くことに・・
 
 まだ、幼稚園の孫たちですから、親子で栃木に行くことになりました。私は、婿の家族の車に乗せてもらって、孫たちと楽しい時間を過ごさせてもらいました。世の中は不思議なことばかりです・・

苦悩・・

2017-11-09
 人は、立場によって様々な苦悩があります。立場が変わるとその苦悩を理解することは難しいものです。隣の芝生は青く見えるものです。
 
 まだ娘が学生の頃、寺院の生活に慣れること、地域社会に関わること、それだけで精一杯でした。娘の塾の送り迎えもままならず、入学式・卒業式に近所の葬儀になり、なりふり構わず、夢中で着替えて式に参列しました。式が終わると親しいお母様たちと食事会があったようですが、参加できず・・娘に泣かれたことが昨日のことのようです。
 
 娘は、子育て奮闘中です。幼稚園や習い事・・私という存在があるからできること・・けれども、その存在が時には重く感じることも多々あるようです。どちらが、幸福であるのか・・それを決めるのも自分自身です。
 
 その葛藤から得られるものは、自分の人生の宝物です。そう思えるようになるには、まだまだ時間が必要ですが・・どのような立場でも、自分が幸福であるか、またそうではないかを決められるのなら、幸福であると感じる努力の方が良いのでは・・と感じるのは私だけでしょうか・・そう言う私も、日々葛藤しています。
天台宗 東円寺