寺庭のつぶやき

懐かしい話を・・

2017-06-28
 人生が豊かに感じる瞬間は、人と人が触れ合う時、積み重ねてきた自分の人生と相手の人生が重なることを感じるときかもしれません。人生は自分だけの特別な時間がたくさん存在ましますが、その多くは、誰かの人生と重なっているようです。今日も、支えたり支えられた時間を共感する貴重な時間を過ごしました。
 
 先代の妻(現住職の母親)は、車の運転免許を持っていませんでした。昔から、新盆のお宅へ伺うのは寺庭の仕事でした。当時は、新盆のお宅にお線香をあげに行くと、お土産に砂糖をくださる習慣がありました。数軒歩くと、両手に重たい砂糖のお土産が・・・
 
 今日は、血縁関係はありませんが、親戚付き合いをしているお宅の回忌法要があり、参列させていただきました。昔話に花が咲きました。亡くなったお義母の話になり、その方が嫁いでから間もなく、新盆へ行くときには、車に乗せて行ってくださっていたそうです。
 
 お話は伺わなければ分からないものです。多くの方にお世話になって生きています。やはり、そのことを忘れてはいけないことを痛感します。

お花屋さんへ・・

2017-06-27
 7月29日~1日まで、忍野村にありますファナックという会社のカルチャーセンターの展示会でした。展示会にお花の展示したいというお話がありました。昨年、2名の小学生がお花を展示しました。今年も2名の小学生が展示することになっています。
 
 作品は、しまふといを使って、雨を表現してもらいました。主役のお花は、ガーベラです。先週は、お母様とお花屋さんへ行って選んで持ってきていただきました。今日は、お花を選ぶということは、生けるために何よりも大切な作業なので、お花選びの勉強をしました。
 
 最近は、ガーベラも様々な種類があり私なら迷ってしまいそうです。しかし、子供は迷うことなく、自分の好きな色、形を選んでいました。個性がはっきりしてるのだと感心します。
 
 ガーベラは、お花が可愛いお花ですが、茎の曲がりの面白いお花でもあります。茎の動きのあるものを選ぶようお話しましたが、どの程度伝わったのか分かりません。けれども、いつか面白いお花を生けてくれることを信じて・・楽しい時間でした。

第12回日本精神対話学会の論文・・

2017-06-26
 第12回日本精神対話学会が9月に開催されることに決定しています。学会に提出する論文の期日は7月5日までです。一昨年より、論文提出を継続できるのなら、毎年提出させていただこうと決めていました。
 
 昨年は「恵心僧都源信」を題材にして、仏教の歴史と「生きる」ことについてを論文のテーマにして書きました。自己満足の域を脱することはできませんが、自分自身が勉強しなくてはなりませんので、人生勉強の一つとして取り組むことにしています。
 
 今年は「相応和尚」を題材にした論文を書こうと昨年決めていました。しかし、「行」(修行)を愚直に実践された方なので、いよいよ論文を書かなければ・・と思い、祖師先徳鑚仰大法会事務局から出版された本を読み終わる頃には、論文を書くということを忘れてしまうほどの衝撃がありました。私自身が納得できていなかった仏教についての一つの課題の答えを見つけることができました。すっかり相応さん崇拝者となり、相応さんの本を人生の教科書にすることにしました。
 
 尊敬する気持ちが強すぎて、相応和尚の人生等を織り交ぜながら精神対話士の論文として、全体をまとめる自信が持てずになかなか取り組むことができません。半ばあきらめていました。けれども、やっぱり世の中に、相応さんを紹介したいという気持ちが強くなり、パソコンに向かいました。
 
 やっと7割程度仕上がってきました。どのようにまとめるのかが難しいところですが、期日までに終わらせなければ・・

真剣な姿に・・

2017-06-25
「PROJECT TARO」というNY組のJr.EXILEたち・・まだ、デビューは決まっていないようですが、長い子は、NYで3年半、学校に通いながら、ダンスレッスンをしたりボイストレーニングをしたそうです。世界に通用するアーチストを目指しているようです。
 
 けれども、日本人としての心を学ぶ機会がないということで、今回お手伝いをさせていただくことになりました。17歳とはいえ、15歳で親元を離れ、外国で生活していことを考えると、落ちつた物腰は、苦労の賜物なのかもしれません。
 
 今日は、スタジオ最終日ということで、合宿の成果を披露してくれました。自分たちで振り付けをしたダンスを披露してくれました。ダンスについては、まったくの素人ですから、そのダンスにつて専門的なことは分かりませんが、とても独創的なダンスは、とても印象的でしたし迫力がありました。
 
 芸能界は、人が羨まむほど華やかな世界ですが、輝きの裏に潜む輝きに比例するほどの暗闇があると思います。暗闇に飲まれることがないよう・・・ただただ祈るばかりです。

最終日・・

2017-06-24
 日々、様々な体験から、生きることは修行だなと感じます。そんな半人前の私たちが、誰かの修行のお手伝いをするということは、それ自体が私たちの修行だと感じずにはいられません。
 
 何よりも不思議だと感じることは、日に日に修行そのものを楽しんでくれているように伝わってきます。それが、思い過ごしではないと思う理由に、最終日に書いていただく作文から分かります。作文には、日に日に変わる心情が書かれています。
 
 その内容から痛感することは、日本の教育から日本人の心を学ぶ機会が皆無に等しいということです。17歳から18歳の男の子を預かっている大人・・は、20代前半から30代前半の人たちです。しかし、食器の扱いを知っている人は少なく感じます。
 
 左にご飯茶碗、右にお椀(汁物)お箸は右側を持ち手にして置く・・など。食事の作法はめちゃくちゃになっているようです。コンビニによって食事は手軽に摂取できるようになりました。しかし、その気軽さは、食事をいただくという心が、ないがしろになってしまっているようです。
 
 男の子たちは、お寺の作法として食事作法を学んだように思っていることが多少気がかりですが、ご飯を頂くということを感じてくれたことが何よりの収穫だったのではないでしょうか。
 
 お花のお稽古をするとき、親先生がよく話される言葉があります。「生徒教えながら、私自身が一番勉強していると思うのよ」と。結果的に、教える側が一番修行させていただいたようです。