寺庭のつぶやき

法性寺施餓鬼・・

2017-08-11
 武田信玄が建立したと伝わる「法性寺」は、富士吉田の北口浅間神社にありました。廃物希釈の影響であったのか、それ以外の理由があったのか・・なぜ上野原に移転されたのか、法性寺も火災に見舞われ古文書は焼失しています。
 
 法性寺の先代は、天台宗の僧侶ではありませんでした。先代がなぜ、法性寺の住職になれたのかという経緯も分かりませんが、様々な意味で、法性寺の存在も重要です。
 
 法性寺は、地域の方によって守って来られた寺院です。様々な思いが湧きますが、現時点では何もできない歯がゆさを感じながら、焦らず、現住職が健在中に何らかの形を作って行きたいと・・その思いを持ち続けていたいと思っています。
 
 今日は、法性寺のお施餓鬼でした。上野原は東京に近いので、若い方は、都会に出られています。高齢化は加速しているようです。時代の波に飲み込まれるのではなく、時代の波に乗りつつ、寺院存続について、真剣に取り組まなくては・・と、日々感じています。

山門の建前・・

2017-08-10
 想像以上に痛みの激しかった山門の修復工事は、大工さんが丁寧に試行錯誤しながら材料を刻んでくれているようです。屋根をクレーンなどで持ち上げているわけではありませんが、柱の強度を強くするために、古い柱に新しい柱をかませるという作業をするそうです。
 
 屋根がありますので、約100キロある柱を人力で持ち上げるそうです。東円寺の役員さんが協力して持ち上げることになりました。役員さんたち曰く、今日は建前です。
 
 詳細を伺ったところで、想像できる範囲は限られていますので、詳細については住職と息子に任せています。しかし、全容が分かりません。「建前」ならば、女の仕事はお茶や食事の準備が重要です。
 
 今日は毎月の・・しかし、全容が分からなければ対応ができません。だからと言って、役員さんにどの程度の作業時間がかかりますか?とも聞けません。臨機応変に対応するしかありません。昨晩、昼食ぐらいは皆さんでするだろうと思っていました。お寿司をお出ししようと思い、お店に電話をすると電話がかからず・・
 
 集合時間は午前8時30分・・8時には皆さん集まっておられました。とても和やかな雰囲気の中2本の柱を立てるそうですが、1本目は30分ほどかかったのでしょうか・・暑い日なので、2本目を立てる前に水分補給をしました。この様子では、2本目を立てる時間を逆算しても、そう時間はかからない様子です。
 
 慌ててお茶の支度をしていると・・9時10分前には「終わったよ・・」「うそでしょ・・・」昼食を食べることもないでしょうから、お茶は多少豪華にしなければ・・大慌てで昨日作っておいたなすの煮びたしを出し、ぬか漬けを出し・・梨をむき・・午前9時30分には皆さんお帰りになりました。
 
 想像通り・・でした。昼食は、電話がつながらなかったお蔭でキャンセルすることもなく、やはり仏様がいらっしゃるのだと感じます。

忍野村の夏と言えば・・

2017-08-09
 夏の忍野村の特産品といえばトウモロコシです。北海道にも負けないほど美味しい・・と住職は言います。東円寺の夏の味は、忍野村産のトウモロコシを使ったコーンスープです。
 
 トウモロコシが収穫最盛期の時期を迎える頃、お世話になっている方へトウモロコシを送ることも夏の重要な作業です。トウモロコシを見たくない人もいると思います。宅急便の配達員さんだと思います。日本各地に忍野村のトウモロコシは発送されていると思います。山梨県には夏から秋にかけて、美味しいものがたくさんあります。
 
 しかし、温暖化の影響で料理されたものは冷蔵庫に入れておかないと痛んでしまいます。冷蔵庫に入れ忘れてしまい痛んだ食品を捨てるときは幾重にも悲しくなります。忘れてしまった不甲斐なさ・・捨てるという勿体ない気持ち・・夏は、食べ物に追われる日々です。

第40回忍野八海祭り・・

2017-08-08
 毎年、東円寺住職当てに忍野八海祭りの式典参列のご案内を頂戴します。昨年は、葬儀になってしまい参列できませんでした。今年は、急な予定が入らなかったので参列させていただきました。
 
 富士山世界文化遺産の構成資産になった忍野八海は、多くの観光客で賑わっています。第1回忍野八海祭りには、大我講の先達、大寄友右衛門の子孫が来賓に来られたという新聞記事が残されています。当時は、先代も健在でした。忍野八海の歴史について語り明かしたのではないでしょうか。
 
 今年は、村長さんがご挨拶で、忍野八海の歴史についてお話をしてくださったそうです。私個人の考えですが、友右衛門さんの子孫に式典の参加をお願いしてもいいのではないかと思います。どなたも忙しい時代ですから、招待しても都合の悪いこともあるかもしれません。私の勝手な思いです。忍野八海については、様々な思いが湧いては消え、消えては湧いています。
 
 何よりも残念なことは、大我講の様々な遺産が東円寺に残されていますが、その遺産を見に来る方はいません。小学校の社会の教科書の副読本「忍野八海ものがたり」をどなたがどのように子供たちにお話してくださっているのか・・・東円寺側でどれほど貴重なものであるのかを力説しても、聞く方が貴重だという認識がなければ手前味噌なだけです。
 
 40周年記念の花火は、様々な趣向がされて華やかでした。高台に東円寺はあります。2階のベランダから木々に邪魔されながらも高く上がった花火は美しく、多少時間差がありながらも音楽や司会の声が聞こえてきます。美しく打ち上げられた花火を純粋に見ることが出来ないモヤモヤした気持ちは・・・

新盆施餓鬼供養・・

2017-08-07
 東円寺では、施餓鬼供養は新盆の方限定です。理由は分かりません。けれども、地域の風習を想像しますと、新盆(故人になられた方の初めてのお盆)に対する残された家族や親類の思いの深さが現れているように思います。
 
 今年は、富士吉田の檀家さんに明見湖の蓮をいただくことになっていました。先日、蓮を生けた私は、親先生からお借りしている水揚げポンプを使って、蓮の水揚げをしました。水揚げをした葉と、しなかった葉では、葉の状態が全く違っていました。
 
 施餓鬼については、息子が試行錯誤しています。地域色の濃かった法要を天台宗の作法に近づける作業は、多くを語りませんが大変だと思います。
 
 分かる人にしか分からないことですが、仏様はよく分かっているのですから、仏様の立場から見た最善の法要ができるよう勤めるのが私たちの仕事です。
 
 御詠歌を習っていることで、私は負担が増えました。今までは、法要をしている間に役員さんの食事の支度ができましたが、法要に参加することになり、どれも気の抜けないことばかり・・法要が終わると慌ててエプロンをして台所に立ちます。どこか御詠歌の名残が頭に残ってスムーズに体が動きません。年々年を重ねて行くのに・・辛いです。
天台宗 東円寺