寺庭のつぶやき

遠足・・

2017-06-02
 予定では、孫二人と娘と私・・幼稚園の遠足へ行く予定でした。しかし、息子が行ってくれることになり、5日からの団参の準備などができると思うと、寂しい反面安堵しました。
 
 昨日出した着物を、美容院へ持って行ったり、団参に持って行くお酒を調達したり・・一日世話しなくしていたはずですが、自分の持ち物をかばんに詰めることまではできませんでした。
 
 午後7時、夕食の片づけが終わり、お花のお稽古へ・・お稽古したお花は今日中に生けなければ、バケツの花になってしまいますので10過ぎ・・居間の床の間にお稽古のお花を生けました。
 
 明日は、午前8時30分に着付けの予約をしています。そのままの様相で車で横浜まで・・考えるだけで疲れますが、住職の代役も重要です。頑張ります。

衣替え…

2017-06-01
 今年は、肌寒い日が続き洋服は、まだ春物では寒く感じます。5月という時期は、天候が安定しているので、比較的お葬儀は少ないのですが、気候が不安定なためでしょうか…お葬儀が続いています。
 
家を空けなければならない事も多く、出来ることはやっておく・・そう心がけています。今日は、天気も良かったので、衣替えをしました。日常生活では、気付かない振りをしている付けを払わされるような気持ちになります。
 
 葬儀予定が入ってしまい、3日は住職が結婚式に参列予定でしたが、急遽私が参列することに…着物を出したり…疲れました。

言葉・・

2017-05-31
 5月も今日で終わってしまいました。5月に入ったころは、ケヤキに葉はありませんでした。今、窓の外を眺めると、重たいほどの葉が風に揺れています。
 
 先日、マンガでわかる10歳までに覚えておきたい言葉1000・・という本を購入しました。最近感じるのは、大人だからと、難しい本を読むよりも、わかりやすく書かれた本を読み、何かを深めていくことが覚える近道なのではなかと・・
 
 誤った解釈をしている言葉・・知らなかった言葉・・言葉を意識するようになったのは最近です。しかし、人生は人と人とのコミュニケーション能力によって差が生まれてくることを年を重ねるたびに痛感しています。
 
 言葉を知ることによって、相手に自分の思いを伝える・・言葉(表現)を知らなかったために、相手を傷つけることや誤解されてしまうこともあるでしょう。言葉を知ることによって、豊かな表現ができるようになれば、相手を喜ばすこともできるようになるかも・・しれません。

事務的に・・

2017-05-30
 人が生活する中で、どのようなものにも組織があります。しかし、組織というのは実に曖昧なもののような気がします。
 
 組織の長によって運営は変わります。多少変わるという組織もあれば、長が変わることによって方針が大きく変わるということも聞きます。けれども、本来は、どなたが長になっても、方針や運営が変わるものではないのだと、私は考えます。
 
 様々な作業を通して感じることは、何事も事務的に仕分けていくことが最善の方法だ感じます、しかし、事務的に処理することはとても難しいことです。それは、人と人がつながっている証だと考えることもできますが、心情に流されてしまえば、組織の根幹がおかしくなってしまうことを意識しなければなりません。
 
 小さな島国です。先祖を辿れば皆親戚なのでしょう。けれども、グローバルな社会を円滑に生きるためには、時として心を鬼にして私情を押し殺さなければいけいない時があるのではないかと感じます。
 
 事務的に・・誰にとっても、難しい課題です。

火中の栗を拾う・・

2017-05-29
 昔、誰かに「火中の栗を拾うことはしてはダメよ・・」という助言をいただきました。しかし、ふと、檀家寺に住まうということは、必然的に火中の栗を拾う場合が多いことに気付いてしまいました。
 
 上手に振る舞う方法もあるかもしれませんが、上手に振る舞っては、話のまとまらないこともあるような・・基本的に、栗は拾うものと育てられているからそう思うのかもしれません。
 
 夢の話ですが、ある日私は仕事をしていました。どこのお宅かわかりませんが、老婆が出てきて私に数珠を差し出して、「この数珠はとても良いものなの。紐が伸びてしまっているけれど、もらってくれないかしら・・」と言われました。本心では、「伸びた数珠などもらってどうしたらいいのかしら・・」と思いながら、「ありがとうございます」と受け取ると、その老婆はすうっといなくなっていました。
 
 それが何を意味するものだったのか・・後になって何となくあれかしら・・と思うことがありました。老婆から数珠をもらっていなかったら今の私の人生はないような気がします。拾う・・もらうも縁なのだと感じます。
天台宗 東円寺