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寺庭のはなだより

「寺庭のつぶやき」は、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしておりました。

 リニューアルしました「寺庭のはなだより」は、つぶやきという個人的な感想ではなく、「はな」をテーマに時には植物の「花」であったり、時に「はな」という植物と人を関連させながらお便りの感覚で発信させていただきたいと思っています。

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七草粥・・

2019-01-07
 東円寺の1月7日は、本堂を開けるときに仏様にお供えしてあった鏡餅をおさげし、おさげした鏡餅を細かく刻み、七草と一緒に七草粥を作ります。私が嫁ぐ以前からの風習です。七草粥を作って、仏様にお供えしてその後、朝食にいただきます。
 
 七草粥の草の香りは、お正月が明けることを教えてくれます。今年は、無理に出かけることはせず、なんとなくやり残した仕事を片づけ、ゆっくり時間が流れていました。今日から東円寺も通常業務になりました。
 
 年末からお正月にかけて、一つ一つの行事が何の支障なく務めることができる幸せを噛みしめています。今年は、災害など起こらないことを祈るばかりです。年号もが変わる節目の一年・・一つ一つのことを丁寧にやっていきたいと思っています。

法性寺初薬師・・・

2019-01-06
 上野原鶴島地区には、地域の守り仏お薬師様がいらっしゃいます。法性寺の本堂から離れた場所に薬師堂はあります。毎年、第二日曜日に初薬師の護摩が焚かれていますが、今年第2土曜日は忍野村の道祖神祭りと重なってしまいました。お薬師様の縁日は8日ですから、今年は縁日に近い6日に護摩が焚かれました。
 
 法性寺の山号は「富士山」です。法性寺は富士吉田市北口浅間神社の境内に護摩堂があり、また、富士吉田市内に法性寺の境内地がありました。武田信玄が建立した寺院と言われ、寺紋は武田菱です。廃仏稀釈により現在は名残もありません。法性寺が上野原にある理由も、はっきりしたことは分かっていません。
 
 法性寺は、何度となく火災により本堂が焼失しています。また、現住職以前は天台宗ではない宗派のお坊さんが兼務していたため、文書等や言い伝えが途切れてしまいました。
 
 しかし、忍野八海について調査をしていると、法性寺についても住職が知らなかった新しい事実が発見されました。日々の生活に追われていますが、住職の代に現在分かっていることをまとめる作業をしなければならないと思っています。しかし、遅々として進まないジレンマがあります。けれども、昔から受け継がれてきた伝統行事を絶やすことなく継続することも、重要なことと感じています。初薬師の護摩は無事に円成しました。

誕生日・・・

2019-01-04
 住職は休むことなく、境内を歩き様々な雑務をしています。新年を迎えるとなぜか必ず、硬貨を並べて年号を確認する作業をしています。毎年怠ることない年中行事です。
 
 年中行事といえば、今日は住職のお誕生日です。「フルーツたっぷりにしてください・・」と特注のバースデーケーキを注文し、家族みんなにお祝いされてご満悦でした。
 
 お正月「新年あけましておめでとうございます」という挨拶・・なぜおめでとうと挨拶するのか?という疑問??無事に新年を迎えることができ、年を重ねることができた・・感謝すると同時に、お互いお祝いしあう挨拶だと言います。
 
 しかし、高齢になると無事に誕生日を迎え年を重ねたことを嬉しいと思う反面、その先に待ついつか来る・・別れを想像して寂しく思うのは、これも生きる者の定めです。年末年始休みなく働き続けて今日は疲れてしまったようです。体調不良を感じないと休むことが出来ないのも年齢のせいかもしれません。

今年の抱負・・

2019-01-03
 一昨年年末・・夢の中で「額田王」という言葉を頼りに、新年早々奈良県にあります万葉博物館を訪れ、女人高野と言われる室生寺をお参りし、室生寺龍穴神社をお参りさせていただくことに・・夢の話を現実に引っ張り出してしまう私の行動に驚きもせず、お付き合いくださった住職に感謝の言葉しかありません。
 
 昨年末までの様々な出来事を思い返しますと、無謀にも万葉博物館へ行き、その話の展開から様々なドラマが生まれた経緯は、「お告げ・・」だったとしか言いようがないほど、誰も予想できないことばかりが起こりました。何かに導かれる・・それは、龍神様だったように思うこともあります。
 
 私に起こる様々な出来事を面白く見ているのは住職です。私は、行動的な人ですが、衝動的に動いているわけではありません。案外、本当にこれでいいのだろうか?と悩んで考えて行動に移しているのですが、そのスピードの速さによって、そのように考えて行動していると思われないのは悲しかったりします。
 
 何よりも大切に思っていることは、東円寺の仏様と、忍野八海を再興した大寄友右衛門さんの思い、また、大寄家のご子孫の思いです。モノの見方は様々ですから、視点が違えば時に批判されることもありますが、行動を起こすことによって結果が分かるのは未来です。今、理解していただけないこともあるかもしれません。それでも、やってみなければ、分からないことも多いように感じます。
 
 毎年抱負は同じようなものですが、大切に思っているものを信じて、まずやってみる・・間違ったときは、潔く間違ったことを認めて一歩踏み出す勇気をもって一年頑張りたいと思います。

お正月・・・

2019-01-02
 東円寺に嫁ぎ何よりも辛い行事は、年末年始でした。特に2日は精神的にも肉体的にも疲労困憊で、ふつふつと湧きあがるイライラのぶつけ処はなく、結果住職に当たっていました。
 
 寺院という場所で育った住職に、私の辛さは到底理解できなかったようです。なぜそんなにわめき、辛く感じるのか?そう思っている様子が、私のイライラに拍車をかけました。
 
 けれども、ここ数年自分でも驚くほど生活に慣れてきた・・と感じるようになっていました。意識を変化させてくれているのは、孫の成長を思うからかもしれません。先日幼稚園の学芸会に参加しました。園長先生のお話の中で、子供の成長は半年単位であると言われていました。半年を1サイクルと考えますと、1年では2サイクルしたことになりますので、その成長は目を見張るものです。辛くて辛くて仕方なっかたお正月は、お正月という行事を孫に伝える楽しい行事になっています。
 
 朝食後、子供のために墨をすり書初めの準備をするお婿さん・・二人の孫を1人は住職・・一人はお婿さん・・が指導して書初めが行われます。子供の成長を嬉しく見守る大人たち・・
 
 家族が増え、やることも増え年を重ねた分だけ体力が落ちているのに、あれほど辛いと感じていたお正月が幸せだと感じることが出来ています。自分自身を振り返りながら、人の感情というのは何て良い加減なものだろう・・と
天台宗 東円寺
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