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寺庭のはなだより

「寺庭のつぶやき」は、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしておりました。

 リニューアルしました「寺庭のはなだより」は、つぶやきという個人的な感想ではなく、「はな」をテーマに時には植物の「花」であったり、時に「はな」という植物と人を関連させながらお便りの感覚で発信させていただきたいと思っています。

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いよいよ明日・・

2018-12-27
 明日は、京都永楽屋細辻伊兵衛さんとコラボレーションさせていただいた、「忍野八海絵図と和歌」と、「富士山阿弥陀三尊牛玉と八海和歌」の日本手拭が、永楽屋さんと忍野八海の売店で販売されることになりました。
 
 東円寺に残されてる版図から、永楽屋さんが図案を構成してくださいました。400年以上の歴史あるお店だからこそ、職人技が光ります。
 
 クオリティーの高い、忍野八海独自のお土産ができたことや、手ぬぐいから、富士講や忍野八海について興味を持っていただくことができたら何より嬉しいことです。
 
 富士山世界文化遺産の忍野八海について、宗教的な意味が深い場所であることを、版図を通して外国から来られた方にも、知っていただく機会になると思います。一人でも多くの方に、手に取っていただけたら・・・と願っています。

3日間・・

2018-12-16
 今月は私の誕生日月でした。住職がケーキ好きなために、家族の誰かの誕生日には必ずバースデーケーキを用意します。昨年までは、誕生日の日にお祝いができたので、当たり前のようにケーキが準備されました。
 
 しかし、今年は誕生日に家族が揃わず日がずれるという不思議な年になりました。私も、誕生日に忘年会が入ったりして、誕生日の前の日か、次の日に・・と話ていました。
 
 娘は孫たちに、「明日はばーばの誕生日だからね・・」と前日から教えてくれていたようです。上の孫は「ばーば誕生日おめでとう・・何歳?」と真顔で聞くので、真顔で答えましたが、理解できているかどかは分かりません。けれども、それ以上に面白かったのが下の孫でした。
 
 誕生日当日は、娘たちが仲良しママさんと忘年会でした。帰宅した孫が、「ばーばの誕生日ケーキは?」と・・何気なくしたじーじと私の会話を聞いていたようです。
 
 「年末で大変だから、今日中にケーキを買ってきて、皆が帰ってきたら、ケーキを食べればいいんじゃない・・」と。甘いものが大好きな下の孫・・ケーキを買っていないことを知ると、じーじに怒って「じーじ、どうしてケーキを買ってこなかったの?じーじ嫌い・・」と。夜でしたからどうすることもできず、じーじはしょんぼり・・
 
 ご機嫌の悪さは次の朝まで続き、寝起きに「ばーばお誕生日おめでとう・・じーじケーキは??」と・・ケーキがないことを知ると、「じーじケーキを買ってきて・・」と。どれほどケーキが食べたかったのでしょうか。バースデーケーキが用意されていないお蔭で、孫たちに3日連続、お誕生日おめでとうと言われ続け嬉しような・・困ったような・・
 
 じーじは責められたため、「ショートケーキでもいいかな?」と不思議なことを言うので、「バースデーケーキにしないと、これじゃない・・と言われてしまうわよ」と。やはり、バースデーケーキにろうそくを立てて、歌を唄ってケーキを食べた孫はご満悦でした。何気ない日常ですが、何より至福な時間です。

花・はな・・

2018-12-12
 「寺庭のはなだより・・」という題名にしたのは、植物を中心に何か伝えたい・・けれども、伝えたいというと、聞こえが良いのですが、そんなに単純な話ではありません。出る杭は打たれるものです。ブログを読まれた方の様々な反応に一喜一憂することで、心穏やかではない・・という経験から、語彙を増やせば理解される・・と思ってみたり、立場を変えたり、見方を変えたりしたらどうかしら・・と、私なりに様々な工夫を試みた結果、10人が10人に思いは伝わらないものである。という結論に達しました。
 
 けれども、寺庭であるという意識は責任として持ち続けなければならないと思っていましたから、やはり、常に伝え方や方法を模索しました。その模索は、私の心に今まで見ることの出来なかった世界を見る結果を生んでくれたように思います。また、そのお蔭で、自分の癖を知ることができたことが何よりの収穫でした。
 
 そんな中で、忍野村に一番花のない季節に「はなだより・・」を初めてしまったと、始める時期を誤ったかのように思っていましたが、植物の生命感を表現する池坊ならではの考え方を思い出しました。
 
 池坊のいけばなは、過去~現在~未来を一瓶の作品で表現します。枯れた葉や、葉が落ちてしまった木々の中に蕾が生けてあります。蕾は明日への希望です。今後はなだよりが、何かの希望に繋がるよう、模索していきたいと感じています。

過去~現在~未来へ・・

2018-12-11
 来年年女である私は、猪突猛進という言葉がぴったりはまる性格ですから、前を見て走り出すと周りに目が行かないという欠点があります。しかし、年を重ねることで、少しずつ若い頃に見えなかったことが見えるようになってきたように感じます。
 
 見えないものが見えるようになる・・と言えば、生け花を指導する立場になって感じることがあります。一本のお花を見るとき、最初は花の表情を見ます。次に葉のつき方、茎の曲がりなど、注意して見ることがでること、生ける植物全体のバランスが(花・葉・茎)整うことによって作品は大きく変化します。
 
 私自身がそうだったように、一生懸命お花の表情を見てくださっていることは分かるのですが、見えている人、見えていない人は、生ける様子を拝見しながら伝わってきます。今まで見えていなかった植物の表情が見えるようになってくると、作品は劇的に変化していきます。
 
 お花を生けることが上手になることは、うまくなるためにお稽古しているのですから嬉しいことですが、副産物としてものを見る目が変わって来ている証でもあると思います。年を重なるだけでは、モノを見る目は大きく変化しないかもしれませんが、植物を生ける・・という学びは、小さなことを気付かせてくれます。その繰り返しは、様々なモノの見方を大きく変化させてくれているように思います。
 
 東円寺で大変お世話になっている方のお母様がお亡くなりなられました。その方の思いの深さは、言葉にできないほどです。お葬儀の朝、喪主様がお越しになりました。寄付のお話でした。60年以上前おばあ様が亡くなったとき、ご主人であるおじい様が先代から夏の五條の寄付を打診されたそうです。それから約30年後おじい様が亡くなられると、その時ご寄付いただいた夏の五條が痛んできたので・・と寄付のお願いをされたそうです。それから、30年・・・きっと夏の五條が痛んでいるはずだから、母の供養に夏の五條を寄付したい・・と。
 
 驚いたことに、確かに夏の五條は痛んでいました。現住職は自分自身の五條を使っていますので、気づかなったようです。先代の夏の五條・・誰よりも住職が驚いていました。
 
 ご寄付くださる方の深い想い・・先代との関係・・様々な形で人は繋がっていて、私たちは、過去~現在~未来へと紡いでいく大切な役目を担っていることを考えさせられます。深い想いに答えていけるよう日々精進です。

八角堂・・・

2018-12-09
 東円寺が再建しようとしています観音堂は、八角堂に決まりました。忍野八海に因んだお堂の形ですから、建設委員から反対意見はなかったようです。
 
 しかし、日本中で八角堂は多くはありません。八角堂の多くは国宝に指定されています。奈良の興福寺では円堂と呼ばれいます。円堂と呼ばれる詳細については、勉強不足のため現在のところ分かっていません。しかし、少しでも何かをつかみたいと思い、住職と興福寺の八角堂(南円堂と北円堂)にお参りさせていただきました。そこで感じたことは、古い歴史の中に迷い込んだような・・不思議な感覚でした。
 
 平成という30年の歴史でも、様々な出来事がありました。しかし、東円寺に祀られている聖観音様は700年という長い歴史を、その時代に生きた人々とともに歩まれて来られました。今後何百年も、忍野村の子々孫々、また、多くの人々に寄り添ってくださることでしょう。そのような存在でいてくださるために、この時代を生きている私たちは、未来に残す努力をしなければならないと感じています。
 
 少しずつですが、確実に観音堂建立のための準備が進められております。はなだよりでも情報発信を心がけて参りますので、多くの方にご賛同いただきたいと願っております。
天台宗 東円寺
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