寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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落慶法要・・

2017-11-22
 東円寺の法類総代寺院は、東京の寺院です。明治以前からの名残があり、神奈川教区の寺院関係者は、東円寺と東京の寺院の縁について不思議に思われている方もいらっしゃいます。
 
 東円寺も日々作務に追われていますので、法類寺院のご住職とお話する機会は滅多にありません。けれども、お施餓鬼などの行事に行かせていただいたり、東円寺のお会式にお越しいただくことで、深い信頼関係を築いているように思います。
 
 ご住職方は多くを語りません。けれども、少ない言葉には優しさが溢れ、私は法類という関係があったお蔭で、心強く感じたことが数多くあります。今日の落慶法要についても、様々な思いをお話しますと、深くうなずき快く、穏やかに滞りなく法要をしていただきました。
 
 鐘楼門は、少し小高いところにありますので、風が吹きあがってきます。朝は太陽が顔を出し、温かく感じましたが、吹きあがってくる風は冷たく、体の芯まで冷えました。修復後初めて鐘の音を聞きました。修復以前と変わらない音に安堵したり、修復してくださった大工さんに感謝です。

明日の準備・・

2017-11-21
 明日は、鐘楼門修復の落慶法要が行われます。忍野村には大工さんが多く、数年前から鐘楼門の痛みが激しいことを心配する声がありました。けれども、住職の思いだけで修復はできません。
 
 現在の総代さんは、就任当時から鐘楼門を気にしてくださっていました。今年、その念願かなって修復する運びになりましたが、狭い集落の出来事をよく思ってくださる方ばかりではないことを一番分かっているのも役員さんです。
 
 そのような事情があり、落慶法要も大げさにせず、やり遂げたいという意向があり、法類寺院のご住職に起こしいただき、参列は役員さんがお越しくださることになりました。
 
 私の仕事は、来てくださる方の接待をすることです。私が「あれはどうしましょうか・・それはこんな感じに・・」とお話すると、役員さんは、「何もしなくていい・・」とおっしゃるので、いつもと勝手が違いおかしな感じです。けれども、しっかりやらせていただかなければならないことです。気持ちは行きつ戻りつ・・・やっぱりどうしたらいいのか分からない感じが、とても不安です。

山梨県民の日・・

2017-11-20
 今日は、山梨県民の日で、学校などはお休みです。孫もお休みだったので、家族でどこかへ行けたら・・などと話をしていましたが、留守の手配ができず計画はありませんでした。しかし、昨日、勝沼の親戚から電話があり、柿を取りに来ないか・・と言う誘いに、住職と息子は、それぞれに楽しみがあり、勝沼へ出かけました。
 
 とても寒い一日でした。住職は下の孫を車に乗せて、勝沼へ向かいました。息子は軽トラで・・それぞれに有意義な時間を過ごした様子でした。
 
 上の孫は、自分から留守番すると言い、一人静かに遊んだり、掃除の手伝いをしてくれたり、私たちにとっても有意義な時間でした。みんながひと段落したのは、午後3時過ぎでした。若夫婦家族は温泉へ・・私たち老夫婦は、23日に予約するお店の下見へ・・
 
 家族の時間を楽しむ予定でしたが、結果的には、気忙しい一日になりました。

東円寺の歴史・・・

2017-11-19
 富士山世界文化遺産の構成資産忍野八海・・その正確な歴史は、少しずつ伝わっていますが牛歩です。それは、そのように仏様が望んでおられるのか・・真意は誰にも分かりませんが、時々歯がゆく感じます。
 
 今日は、午前中、栃木から団体様がお参りに訪れ、住職は忍野八海と東円寺の関係についてお話をさせていただきました。お昼過ぎには、市川三郷町(旧市川大門町)の方々が、やはり団体様でお参りに来てくださいました。
 
 市川三郷町の方々は、住職の大学時代からの旧友が、忍野八海に来るんだ・・・という何気ない話から、東円寺にお寄りいただくことになりました。数年お会いしていなかったので、短い時間でしたが、元気なお姿とお話させていただき懐かしさで胸がいっぱいになりました。
 
 市川三郷町の方とは、切っても切れないご縁がありますが、その縁が深まっていくことを望んでいる私は、今の状態から一歩でも前進できたらと望む一方で、自分自身が気忙しくしていますので、忙しさに不安を覚えたり・・人間というのは、いい加減だわ・・と思いながら、自分が一番いい加減だわ・・と感じます。

華伝書・・

2017-11-18
 私の花道歴は約20年弱です。この花歴は、決して長いといえる時間ではありません。しかし、その間にいくつものお免状をいただいています。その度に、花の極意の書かれた花伝書を頂戴しますが、親しんでいますか?と質問されたら、どちらかといえば、遠い存在です。
 
 お稽古に来てくれる可愛い子供たちと、花伝書を身近に感じてもらいたいと思うようになりました。花伝書には、お花を上手に生けるためというよりも、人がどのように考えたら生きやすいか・・その極意が書かれていると感じるからです。
 
 大人になってから花道を学ぶと、お花を生ける・・ということが重視されてしまいます。家元で学ぶ機会をいただき、その講義で花伝書に触れることが度々あります。そこで耳にした内容が、とても心に残り、「池坊」という流派の深さに感銘し、心奪われていきました。
 
 子供たちが、花伝書に触れて、その内容に心奪われことはないかもしれませんが、花を生ける・・この行為と、生けるための姿勢が少しでも理解できたら、どれほど心を豊かにしてくれるのだろうと、そこに大きな期待をしています。
 
 日本の伝統文化である華道・・それは、より良く生きるための日本人独自の積み上げられた知恵が詰まったものです。少しずつ・・花伝書の内容を深めていけたら・・と感じます。