寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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祖母の言葉・・・

2011-10-06
 私は、祖母に縁が薄く、母方の祖母は、母が中学生の時に亡くなっています。父方の祖母も、私が小学6年生の時に亡くなっているので、やはり思い出は多くありません。
 しかし、記憶に残る祖母の言葉は、意外に多くあります。祖母の隣で寝ているときの事です。ふざけていたのか、枕に尻餅をついてしまいました。「枕は、踏むものじゃありません・・・」と、「ふ〜ん、そう言うものなんだ。」と、記憶に深く残っています。

 私の記憶に残る祖母は、厳しい人でも、優しい人でもありません。いつも、ただニコニコと笑いかけてくれていた事を思い出します。 ある時、母親の掃除の手伝いをしていました。普段通り、ニコニコしながら、私の掃除している姿を見ていたのでしょう。何気なく、「真実ちゃん、お掃除はね、おうちに住まわせてもらって有難う。そう思いながらするのよ。」と・・・「おばあちゃん、何を言っているのか、分からない。」というような顔をしていたのだと思います。
 「おうちがあって、住めることは当たり前ではないのよ。私たちの見えないところには神様がいて、真実ちゃんの事も見ているのよ。おうちに有難うと感謝しながら、お掃除をしている姿を神様が見たら、きっと喜んでくださるよ。」と、言いました。幼い私は、その言葉の意味が分からないまま、大人になりましたが、あの時の祖母の言葉は、今でもはっきり覚えています。

 大人になり、母親にも同じような事を言われ、体に染みついているのだと思います。忙しくて掃除が出来ずに、やっと掃除が出来ると、「ごめんなさい。おうちを使わせてもらっているのに、お掃除もしないで・・・」と、独り言を言っています。

 今回、離れを増改築する時に、お風呂も新しくすることになりました。最近のお風呂掃除の担当は、娘です。何気なく娘が、「お母さん、このお風呂も、もうすぐ壊されちゃうね。有難うって言いながら掃除しているんだ・・・」と、とても嬉しくなりました。祖母の言葉を、娘に受け継ぐことが出来ていることで、祖母孝行をしたような気分になりました。

墓石の事・・

2011-10-05
 今日は、午前9時から開眼供養があったり、抜魂供養があったり、法事があったり、息つく間もなく時間が過ぎました。開眼供養とは、お墓を作った後、納骨する儀式をいいます。抜魂供養は、お骨をお墓から掘り出すときにする儀式です。一般には、墓石を作らず納骨していて、お墓を建てることになったときに、一時的に本堂などに預かる場合にします。

 お墓を作るとき、檀家さんが、相談に来られます。一番多い質問は、値段です。しかし、お寺に墓石の値段を聞かれても、分かりません。墓石の値段は、どのような石を使うのかによって決まります。その様に話をしても、「一般的な値段があるだろう。水くさいことを言わずに、教えてほしい・・」と、食い下がってきます。様々な人とお話をして、毎回感じることは、話を聞いていない人が多いと言うことです。
 
 頼まれたお檀家さんに石屋さんを紹介します。石屋さんとの話し合いで、形や石を選び始めると、納得してくださいます。時には、「東円寺の出入りしていない石屋さんでもいいですか?」という場合もあります。親戚や知人にお願いしたいという場合があるからです。東円寺としては、モラルのある石屋さんでしたら、どこの業者さんでもかまいません。しかし、高い確率でモラルのない石屋さんは多いものです。

 旧家のお墓の前には、「土まんじゅう」というものが作ってあります。20年以上前は、ほとんどの家が土葬でした。土まんじゅうの下には、亡くなられた方が眠っています。その土まんじゅうをトラックなどで踏みつけて、そのまま帰ってしまう石屋さんなどは論外です。
 先日の震災などで傾いてしまった石碑を、出入りの業者さんは、すぐ直しに来てくれました。しかし、出入り業者でない石屋さんは、なかなか直しに来てくれないという事もありました。

 やはり、墓石を建てるときは、菩提寺のお寺さんとよく相談しながら、未来に残る墓石を作り、また、メンテナンスをしっかりしていただきたいと思うには、私だけではないと思います。

爽やかな一日・・

2011-10-04
 朝から太陽が燦々と照っていました。こんな日に、布団を干したら・・・と想像するだけで、幸せな気持ちになります。しかし、車庫が完成していないので、気持ちよく布団を干すことは出来ませんでした。

 車庫であり物置の完成も間近に迫まりました。壁は打ちっ放しです。住職が、時間を見つけて、ベニヤ板を打ち付けたり、使い勝手の良いように作ることを楽しみたいと、作り始めた頃、そんな話をしていました。しかし、毎日とても忙しく、その合間を縫っての作業は、何時になったら出来上がるのか?出来上がりを待っていたら、何時になっても片付けは進まないと判断しました。
 住職には、楽しみを奪ってしまい申し訳ない気持ちでいっぱですが、背に腹は代えられません。ひどい言い方ですが、今後の予定を想像するだけで、一日も早く、片付けをしなくては、月末に慌てる事になることが、目に見えています。今後の予定は詰まっていて、仕事は山積みです。そこで、追加工事をお願いすることになりました。
 工務店の設計士さんとの話し合いをする中で、屋根裏部屋が出来ることになりました。なかなか広い部屋です。思いがけない提案は、幸せな気持ちになり、ハイテンションです。

 書物は、一般の家庭に比べ、比べようもなく年々増えます。保管場所は、多ければ多い方がいいので、屋根裏部屋は、最高です。しかし、いよいよ片付けをしなくてはと思っています。

 今日は、無事に葬儀を終えることができました。人の寿命は誰にも分かりません。「誰もが誰かの大切な人です。命には限りがある。だから、精一杯生きなければ・・」と思います。
 亡くなられた方のご冥福と、残された家族に幸多きことを、心から祈りました。

娘に笑われる・・・

2011-10-03
 10月は、毎週土日法事があります。檀家の皆さんと、比叡山に先祖供養の旅行も予定しています。また、池坊八王子支部富士吉田分会花展もあります。予定表を書いておかないと、忘れてしまいそうで、スケジュール帳をに書き込んでいました。

 法事、座禅や先祖供養旅行などの予定、住職の個人的な予定、娘の予定、私の予定・・・10月は、空欄がほとんどありません。10月、11月、12月まで書き終わり、ほっとしていました。
 先日、「来年のスケジュール帳を買っておかないと」と思い、2012年度のスケジュール帳を買ったばかりでした。大きすぎず、小さすぎず、とても気に入った機能的なものです。何気なく、ぱらぱらとめくると、10月から書き込めるようになっています。
 「書き直しだ。」と、ぶつぶつ言いながら書き始めると、娘がケラケラお腹を抱えて笑っています。「お母さん、馬鹿ねー。」と・・・

 ここ数年、同じスケジュール帳を買っていました。そのスケジュール帳は、12月から始まります。そのつもりでいたのです。バックに入れて持ち運ぶには、少し大きめだったので、あまり活用されません。娘いわく、用途が違うんだそうです。今回買って来たものは、持ち運べるサイズのものだから、10月からなんだそうです。そんなこと、知りません。
 娘に、笑われながら、12月までの予定を書き込み、達成感を感じた今日でした。

身勝手な言葉・・

2011-10-02
 今日は、日曜日です。法事もあり葬儀もあると、午前中は、住職のスケジュールを把握しながら、昼ご飯のタイミングを計ります。タイミングを外すと、昼食を取れなくなってしまいます。

 しかし、来客に住職のスケジュールは関係なく、11時頃「住職さんにご相談があります。お忙しいところすみません。」と、「お忙しいところ、すみません?それなのに今ですか?」と、聞き返したいところですが、ぐっとこらえて、お話しを伺えない理由をお話ししました。
 相談する気持ちでいらっしゃっていますから、「じゃ、奥さんでいいや。」と、ここでまた、「かち〜ん」と、頭の中に音が聞こえてきました。ここでも、「冷静に、冷静に。」と自分に言い聞かせます。「立ち話も何ですから、お上がり下さい。」と、客間にお通しして、話を伺うことにしました。

 数年前、ご主人が亡くなられ、ご夫婦の間には、女の子がお二人、お二方とも、嫁がれてしまったそうです。その話を聞いた、本家のおじさんが、「今後、墓守が大変なら、永代供養という事も出来る。」との話をそのまま聞いて、言われるがままに、お金を預けられたそうです。「お寺さんで、受け取っていますか?」と・・・

 寝耳に水です。しかし、話を聞きながら、相談に来られた方にとって重要なことは、お寺がお金を受け取っていないことを承知していて、お寺にお金を渡さずにいる、「本家のおじさんに、談判してほしい。」と言うことなのです。「困ったときには、お寺に行けば解決すると、昔の人は言ったもんだ。だから、住職から、本家のおじさんに話してほしい。」と・・・
 無理なお願いです。たまたま、東円寺の檀家と檀家のお話ですが、この話は、檀家さんではないところで、起きる可能性のあるお話しです。お寺から、火中の栗を拾うわけにはいきません。お金を預けた方と、受け取ったおじさんが、「お寺さんに、金を渡した。」そんな話になってしまえば、話に加わることになります。
 しかし、相談に来られた方は、「お金を預けて、預けたお金がどうなっているのか?お金の話は言いにくいから、お願いできるかと思って・・」「お寺をなんだと思っているの???」と、思いながらも、顔は笑ってお話ししなくてはならないので、なかなかストレスを感じます。これも、寺庭のお仕事です。

 ご理解いただけて、お帰りいただいたのが幸いでした。何気ない会話に、その方の人柄が現れます。言葉は、慎重に選びながら、相手の立場を考えなら、楽しい会話をしたいと思う今日でした。