寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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無尽・・

2011-05-14
 「無尽」という言葉を知っているでしょうか?最近では、あまり聞かない言葉だと思いますが、山梨県では、よく知られた言葉です。昔は、組(近所)の集まりに、一定の掛け金を持って、定期日に各家庭を回り、食事会やお茶のみ会をします。集まったお金は、その時必要な人が優先的に融通してもらうための集まりの事を言います。現在では、同級生や気の合う仲間などで集まり、旅行のための積み立て会が、昔の無尽の名残で残っています。

 忍野村では、無尽というと、お姑さんに気兼ねすることなく、家を空けることができたようです。主婦にとって唯一の息抜きだったそうです。その習慣は、脈々と残り、多い人では、月に3・4回無尽に出かけることがあるそうです。私は・・・もちろんそのような時間はなかなか取れません・・
 同級生の集まりも大切にする習慣があります。学校が一緒ということではなく、同学年ということで、お誘いをいただきます。その様なときは、なるべく参加したいと思っていますが、悲しいことに話題が合わず、寂しく帰ることとしばしばあります。結婚が早く、子供のも早く、また、お寺という職業も理解されにくい・・・気落ちすることも、よくあることです。

 今夜も疲れたなと思いながら、メールをチェックすると、思いがけない、心温まるメッセージが届いていました。そのメッセージに励まされました。本当に、しあわだなと思いました。明日も頑張るぞ・・・・

お節介・・

2011-05-13
 また、自己嫌悪です。私の悪い虫が騒ぎました。その虫の名は・・お節介。若い頃、親や親しい人から、「あなたは、本当にお節介ね。」と言われましたが、何がお節介なのか、分からなかったものです。
 少し年を重ねて、お節介について分かったような気持ちでいました。しかし、まだまだ分かっていなかったようです。大失敗をしてしまいました。

 古いアルバムを広げて、昔の私は若かったと思いながら、年を重ね、確実にしわが増えていきますが、しわの数くらいは、精神的に大人になりたいとつくづく感じました。

 昨日の雨は、富士山も雨だったようで、今日は、農鳥がでていました。お百姓を一斉に始める合図です。夜は、かえるが大合唱しています。これからが忍野村の美しい季節です。
 気温が高く暖かな一日でした。やっと冬物のお洋服をしまえそうです。

寺務所の片付け・・・

2011-05-12
 ここ数日、雨が降っています。今朝は、朝の内、日が差し温かくなるかしら?と思っていました。ところが、みるみる薄暗くなってきました。その内ぽつぽつと雨が降ってきました。そのまま、一日中降り続きました。

 今日は、寺務所の片付けをしました。文房具や、本など、使ったら元ある場所に戻すことが出来ていれば、大掃除にならないのですが、どうしても、置き忘れている場合が多く、気がつくと、紙くず・資料・文房具などあちらこちらに置いてあったりします。片付けにほぼ、一日かかってしまいました。しかし、雨のお陰に、仕事がはかどり、寺務所はなかなか綺麗になって、満足です。
 久しぶりに、どこにも出かけることなく、一日を過ごしましたが、家を空けている時間が長いと、洗濯物など家事が山のようにあり、寺務所の片付けに時間を使ってしまったために、日常の家事は、はかどりませんでした。

山梨を知る・・

2011-05-11
 今日は、午後7時から、山梨学研究(生涯学習)のお勉強会でした。今日は、「体験的ポール・ラッシュ伝ー博士から学んだスポーツマンシップー」を石黒建吉先生(財団法人山梨県馬事振興センター専務理事)が講義をしてくだいさいました。
 当初の予定では、萌木の森株式会社社長の船木上次さんの予定でした。しかし、被災地に急遽お出かけになることとなり、石黒先生にピンチヒッターを頼まれたそうです。船木社長のお話を聞くことを楽しみにされていた方にとっては、とても残念な講義になってしまったかもしれません。しかし、私には、新鮮な講義でとてもためになるお話しでした。

 ポール・ラッシュ博士は,米国ケンタッキー州の出身です。 「己のように隣人を愛しなさい」という聖書の言葉に従い、非凡な行動力で、戦後日本の民主的復興に多大な貢献を果たし、身近な理想家として多くの人々の胸に刻み込まれております。 博士は、関東大震災で崩壊した東京と横浜のYMCAを再建するため1925年(大正14年)に米国の国際YMCAから派遣され、初来日しました。 その後、キリスト教日本聖公会の主教の依頼により、ミッションスクールであった立教大学で教鞭を取り、日米開戦で強制送還されるまで、日本の青年たちを教えました。(山梨清里高原キープ協会のホームページより抜粋させていただきました。)
 
 石黒先生がポールラッシュ博士から学んだことは、チャレンジ精神だそうです。先生からの助言を受けて、英語が全く分からない中、馬術を学びに渡米したそうです。失敗は数え切れないほどだったそうです。けれども、頑張ることができたのは、ポールラッシュ博士に言われた言葉だったそうです。最近の傾向として、日本の若者が、海外にでて武者修行する人が少ないことを嘆いておられました。オリンピックで勝つためには、海外にでて経験を積み、英語に慣れておくことだと言っていました。また、絶対に負けないという、強い思いだそうです。
 多くの人々に影響を与えてくださった、ポールラッシュ博士の事を知る機会に恵まれた事を、嬉しく思いました。今日も、有意義な日でした。

今日もつぶやく・・

2011-05-10

 昨晩、お花のお勉強が終わり次第、新幹線に飛び乗って、実家の栃木に向かいました。午後7時に京都を出て、栃木県の小山駅に着いたのは、午後10時30分でした。一足先に手伝いに行った娘が、じーじを助手席に乗せて、迎えに来てくれました。
 娘は短大卒業後、就職はしませんでした。東円寺の手伝いをしてもらうためです。しかし、短大在学中から、友達には、「そんなに、仕事をしたくないの?しなくて良いって、うらやましい・・」とそのような事を言われるたびに、とても悲しくなったと言います。
 
 以前もつぶやいていますが、「お寺=坊主丸儲け」と思われていて、「お寺が何故そんなに忙しいの」と思われるようです。一般に、人生の中で、濃い身内の葬儀に立ち会うことが何回あるのでしょう?法事についても、数えられる程だと思います。しかし、お寺と言うところは、数え切れないほどの葬儀をして、葬儀の数以上の法事をします。「当たり前でしょ、それが仕事なのだから。」と思われる人が多いと思いますが、このことを想像できる人は以外に少ないのものです。
 一定の時間働き、お給料をもらう楽しさを知ってしまうと、時間に関係なく、不特定多数の人と関わり合いを持ち、その難しい人間関係をなかなか理解してもらえない、もどかしさに、嫌気がさしてしまいます。
 勤めには、必ず休日がありますが、お寺に休日はありません。先日、ある方が、家族に不幸があり、菩提寺に電話をしたら、「本日の営業は終了しました。」と留守電になってしまったと言います。「お寺が、営業時間とはなんだ・・」と思われる方が多いと思います。この言葉から考えると、お寺は、特別な場所である事を分かっているはずなのに、ある時は、自分の生活と一緒にされる場合があります。休日にパジャマ姿でうろうろ・・・
 住職、または、奥さんが、病気でもないのに、日中パジャマ姿でうろうろしていたら、どのように思われるでしょう。お寺に住まう者も、初めから覚悟して、生活するわけではなく、お寺はそういう場所なんだと、自分で意識して慣らしていくのです。そのような所に、覚悟を決めて働いている娘に、幸多かれと思う親ばかだったりします。