寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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奇想天外な・・・

2018-04-01
 私自身は奇想天外な発想力があるという意識はありませんでした。ある時、何かを思いつくと、住職にあ~してみたい・・こ~してみたい・・と思いついたことを話、話したことを実現する確率も低くはありません。
 
 「思いついたの・・」と話、「何を思いついたか当ててみて・・」とお決まりなセリフを言ってみても、「君の考えが僕に分かるわけないだろう・・」と寂しい言葉がかえってきます。そんな会話が続くある時、私の発想は変わっている・・と言うことに気付きました。
 
 この発想力によって、池坊自由花を生けようと思いますと、発想は良くてもまとめることができず、落ち込むことが多々あります。負けん気が強いだけなので、自分が考えたものをどのように実現するのか・・経験値と緻密な計算能力がないことは致命的です。ところが、自分の致命的な欠陥を知ったために、多少慎重に考えるような思考に変わってきたのは、お花を学んでいるからだと思います。
 
 何事も発想力だけでは実現しないことが多いものです。けれども、自分の考えに賛同してくれる仲間を作り、様々な知恵を絞り、志を高くもって、批判されることを恐れない強さがあれば、実現することも多いと思います。
 
 必要なことは、人々の心を動かす何かを考えること・・今日から新年度がスタートしました。今年の目標は、温めてきたことを着実に現実して行くことです。

その道のプロに・・

2018-03-31
 低年齢化した自殺・引き金になるいじめ・貧困・虐待、昔もなかった話ではないと思いますが、現代の闇は深く静かに進行しているようです。
 
 義務教育に道徳の授業が加わり、何を基準に成績表をつけるのか?という議論があります。しかし、教員になるためにそれなりの知識はあるかもしれませんが、なぜ道徳のプロに授業を任せる・・という提案がされないのか不思議です。
 
 日本には様々な宗教があります。宗教こそ道徳の宝庫であると思います。小学生になれば、善悪の区別はついています。難しい話は理解できないかもしれませんが、多感な時期だからこそ、様々な宗教の話、または、大学の教授などの講演を聞かせるなど、第一線で活躍されている方の話を聞く機会を作るということはできないのでしょうか?校長先生を中心とした内輪で試行錯誤するのではなく、外部から何らかのアプローチができるシステムを作るべきではないかと感じます。
 
 先生方の労働時間問題がありながら、クラス単位という個別ではなく大きな枠を抱えることは、担任の先生の負担が増えるのではないでしょうか・・
 
 これからの時代は、奇想天外な発想が求められると聞きます。日本にとって教育現場が、未来の鍵を握っていると思います。多くの教育者が思考錯誤されていることも想像できますが、日本人独特の様々な因果関係を打ち破る指導者は現れないものでしょうか・・

錯覚・・

2018-03-30
 「終活」という言葉だけが独り歩きをしているように思うのは私だけではないと思います。私の身近にいる独身の高齢者、お子さんがいっらしゃらない高齢者夫婦・・終活について考えていない方はいませんが、根本的な生死観が欠落しているように感じます。
 
 生死観が欠落・・というと批判的に聞こえるかもしれませんが、生死観を想像する必要がないほど日本という国が豊かであるということだと思います。寿命が延びたということも「死」は遠くのものであるのかもしれません。
 
 子供に面倒をかけたくない・・と言うことも、TVなどで煽る傾向にあり、それがごく自然のことのように思われていますが、子供が親の面倒を見ないということは、自然なことなのでしょうか・・
 
 陰陽という自然の摂理を考えますと、良きことの裏に必ず悪いことがついていて、それは表裏一体であるということを意識していない方は多いと思います。私自身も、東円寺の古文書や歴史に触れる機会を与えてもらったこと、また、花道や精神対話士として学ぶことによって、陰陽についての知識が深まっただけです。なぜ、人は生まれ、この世を去る宿命があるのかを、真剣に学ぶ場が、義務教育の課程にないことは、人として生まれた意味深さを知らずに人生が終わることになると私は思います。それは勿体なく感じます。
 
 「終活」とは、財産や墓地などの心配ではなく、人として生まれ死に行くとき、残された人生を誰とともに生きるのか・・誰のために生きるのか・・そして誰に看取られたいのか・・ということではないでしょうか。それは、時には業者かもしれません。親戚や知人もいない・・担当してくだる方の人間性が気に入りその方に自分の人生をしまってもらうというのも方法の一つかもしれません。しかし、なぜ孤独・・な人生を選ぶことになってしまったのでしょうか・・
 
 これほど便利な時代になったのに、孤独・・・という言葉もよく耳にします。「生きる・・」ということは、目先に起こる幸福に飛びつくことではなく、時には面倒な人間関係に振り回され、ストレスを感じ、けれども、その経験によって人と人の交流が生まれ、人の暖かい心に触れることができるのだと思います。なぜか、「幸福」というのは、幸福だけが存在するように錯覚させますが、幸福の裏側に「不に対する努力」があることを掘り下げる教育が必要だと強く感じています。

新年度に向けて・・・

2018-03-29
 娘が結婚してから、あっと言う間に6年の歳月が経とうとしています。子育ては若い方が良いという私の持論があり、娘夫婦もその考えに賛同してくれたのでしょう??年子で可愛い孫を生んでくれました。
 
 赤ちゃんからある程度物事が理解できるようになるまで、娘なりに必死だったようです。最近は、子育てに慣れてきたようで、今までの反動もあり、私の一言一言がイライラするようです。衝突することもありますが、冷静に考えますと、孫が成長してくれているので、少しずつ生活が変化しているようです。
 
 しかし、生活と言うものは時間に流されるものですから、孫の成長によって生活が変化していることに気付くことは難しいことです。けれども、幼稚園は春休みになり、上の子は年中に進級、下は年少さんに進級します。孫は子供社会の中で、1年学年が上がることを理解しています。幼稚園のお便帳や絵や工作の数々を片づけることも、子供の成長を感じ嬉しい反面、どのように片づけるようか・・と娘は頭を悩ませていました。
 
 数日温かい日が続いていますので、生活スタイルも冬から春仕様に・・と、私が無性に掃除をしたくなると、そのスイッチの入り方が嫌だ・・・という娘の言葉に耳を貸さず、今日は大掃除をしました。いつものことですから、娘も諦めて手伝ってくれました。片づけをすることによって、孫の成長を感じる時、生活が変化していたことを感じましす。
 
 時代の変化と言うものも、敏感に感じられるよう心がける必要があるようです。スマホの普及によって人々の生活はスマホのなかった時代とは比べ物にならないほど加速しています。時代に逆らうことはできませんが、時代に流されることなく、自分の価値観を忘れることなく、便利なものを上手に使う・・・理想通りに行かなくても、心がけることが大切であると感じます。

春爛漫・・・

2018-03-28
 毎年恒例の東京上野で行われる第85回池坊東京都連花展に、親先生が出展するため、お手伝いに行きました。上野公園の桜は満開でした。
 
 花展が何よりも大変なのは、花器・花材など荷物が多く重たいことです。また、お花は生ものですから、2日間の出展期間ですが、照明や室内温度によって水揚げの状態が何より心配です。
 
 八王子支部富士吉田分会・・山梨に住まいながら、組織は東京に属していることで、毎年東京都連華展に参加しています。山梨から東京までの距離が遠く、ここ数年は、前日に生け込みができるようになり多少負担は軽減されました。それまでは、当日午前8時30分までに上野に到着していなくてはいけなかったので、いつもドキドキハラハラしていました。中央線では、人身事故などがあると時間に間に合わない心配もあります。
 
 私はある時から自家用車で行くようになりました。今年は、桜が満開ということもあり、本当に多くの人がいました。信号を右に曲がると渋滞でした。止まってしまった場所が、横断歩道のど真ん中・・渋滞に慣れているドライバーは、前の車の左や右側に突っ込んで止めていました。気付いたときにはすでに遅く、横断歩道の信号は青に変わっていました。歩行者にじろじろ見られて悲しくなりました。
 
 50メートル先に、スマホで私の車を写メだったのか・・動画だったのでしょうか・・撮られているように見えました。横断歩道の真ん中に止まってしまったことはいけないことですが、道路状況で仕方がなかったのです。この写メを警察に・・などと考えると、また急に嫌な気持ちになりましたが、そういえば・・ドライブレコーダーがついています。そう思った途端・・ホッとしました。
 
 何が起こるか分からない時代ですから、便利アイテムは上手に使わなくては・・と思いました。