寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
 ご意見などありましたら、お問い合わせから、気軽にアクセスしてください。
 写真は、クリックしていただくと、大きく見ることが出来ます。

 ホームページをリニューアルしたことによって、過去のつぶやきを簡単に見ることが出来るようになりました。

 

地獄絵図・・

2011-08-14
 東円寺の本堂には、7日から地獄絵図の掛け軸がかかっています。お盆の時だけの、期間限定です。今日は、東円寺寺子屋の子供達と、地獄絵図を見ました。

 中学1年生の子供達は、真剣な眼差しで食い入るように見ていました。簡単に説明をしました。施餓鬼についても簡単にお話しました。理解できているのか、半信半疑でしたが、良く話を聞いてくれたようでした。

 16日までの間に、檀家さんには是非見ていただきたいと思っていますが、本堂に上って、お詣り下さる人は、少ないと思います。とても、残念です。

 気を長く持って、仏教の教えが、檀家さんに理解していただけるよう、精進しなくてはと思います。

今日一日無事に・・・

2011-08-13
鷹野家の仏壇・・
送り火・・
龍石寺さん・・・
 毎年、お盆の棚経に歩く住職達が、体調を崩さないか心配です。炎天下の中、傘や帽子などできません。熱射病や、各家々で容赦なく振る舞われる、飲み物や食べ物。進められるがまま、口にしていたら、具合が悪くなります。

 今年は、亡くなられた方が多く、新盆の棚経に歩く住職は、何とか気分を盛り上げようと、朝から気合いを入れているのですが、その様子を側で見ていると、気の毒に思う以外ありません。それ以上に気の毒なことは、「先生、ぼた餅を食ってけよ。俺っちの嫁が作ったぼた餅だ。うめぇぞ。」と、ほとんどの家で進められるそうです。「何軒もの家を歩かなくてはいけないから。そうそう食べられないよ。悪いね。」と断ると、「他の家の物は食わなくていいから、うちのを食ってけ。」と、この言葉も、ほとんどの家の人が、言われるそうです。

 その言葉を聞くたびに、がっかりするそうです。自分の家の事だけ考えているからです。様々な、何気ない会話に、「えっ」と思わされるそうですが、そんなこと以上に、棚経を終わった家を、塗りつぶしながら「ここまで終わった。後残り何件。」と思いながら、必死に歩いていることを、知る人が少ないことに、私は悲しく思います。

 午後6時になると、鐘楼を撞きます。お寺からは、送り火を焚きます。無事、子孫の元に帰ることができていると思います。今年は、都留の龍石寺さんがお手伝いに来てくださっています。住職の帰りが遅くなりそうだったので、送り火のお経を、龍石寺さんにお願いしました。わらも良く燃えて、煙は、お経とともに風に乗って、魂が各家々に帰って行くような気がしました。今日も一日、お疲れ様でした。

やっぱり、来客、電話・・

2011-08-12
 今日こそ、平和な一日になることを、期待していました。しかし、やはりお盆の前日、午前中の忙しさは、息切れしました。
 
 住職は、今日から棚経を回り始めました。県外、山中湖村の檀家さんのお宅を回りました。一週間程前から、棚経の重圧を感じていたのでしょう。神経がぴりぴりしているようでしたが、昨晩は、口数少なく、「明日からの棚経のために、早く寝なくては。」と、早々と布団に入っていました。

 その様子を見るだけで、棚経の大変さが伝わってきます。住職よりも若い私ですが、住職ほどの仕事をするわけではないので、弱音を吐いてはいけないと思いながらも、忙しさは、体が正直に反応して、とても疲れます。

 勝沼の親戚から、葡萄(デラ)を届けに来てくれました。親戚、檀家さん、様々な人々が来られます。それ以外にも、今日、座禅の問い合わせがありました。どうしても、体験してみたいとのお話だったので、夜7時からの座禅を引き受けてしまいました。気がつけば、夕食の片付けが済んだのは、午後10時頃でした。

 明日から棚経のお手伝いをしてくださる、和尚さんも来られました。いよいよ、明日から住職達には、厳しい修行が始まります。気温が上がりすぎないよう、体調を崩さないよう願うばかりです。管理するのも、寺庭の勤めです。私も頑張らないと・・・

来客・電話・来客・電話・・・

2011-08-11
 さすがにお盆前です。来客は多く、盆棚の飾り方、盆提灯の設置場所の問い合わせ、墓石屋さんに大工さんなど、来客と電話が多い一日でした。

 今日は、何もない予定でいました。しかし、とても忙しい一日を予感させる、朝を迎えました。住職は、朝から忍野八海の回りのお店に、今後の景観についての説明を、役場の方々と歩いていました。その他にも、お墓の開眼をしたりと半日はあっという間です。

 私は、何をしていたのか?記憶に残る事は少なく、気がつけばお昼の支度をしていました。午後2時から、忍野八海物語の話し合いに、藤原先生が来て下さいました。しかし、私も住職も、日々の生活に追われて、なかなか物語の修正や、まとめる所まで手が回っていません。そんな中でも、話し合いをすることで、ぼやけていた目的がはっきりしてきました。時間的には、短い時間でしたが、有意義な時間になりました。

 今日は、忍野村の親子さんのグループで、座禅と写経を体験したいとのご連絡をいただいていました。体験された後の感想をお聞きできなかった事が、とても残念です。住職から聞いた話では、座禅は足が痛かったり、厳しく感じたようです。機会を作っていただいて、また、お出かけ下されば・・・と思います。

 本堂で、親子さんグループが座禅をしている頃、庫裡の客間にはお客様が来られていました。郷土の文化を知りたいとの、難しいお話です。朝から何人の方と、お話をしたのか?その内容も、全く違うことばかりで、気付けば午後8時、夕食を食べ片付けをしたら、9時過ぎていました。

 様々な方とお話をして感じることは、皆さんそれぞれの立場で、一生懸命生きておられます。その方々以上の努力をしなければ、寺庭婦人の名が廃る・・とそんなことを思った一日でした。

通行止めの電光掲示板・・

2011-08-10
 今朝は早起きをして、待ちに待ったトウモロコシが、今日から収穫できると連絡があったので、朝採りたての新鮮なトウモロコシをお土産に、実家に向かいました。
 朝6時、外気温は20℃、車が夜露で濡れていました。中央道から圏央道に入り、埼玉県の県境で外気温は30℃でした。圏央道から関越道に入りました。関越道から北関東自動車道路が開通したお陰に、渋滞はほとんどありません。
 
 北関東自動車道に入ると、福島県の地区の名前があり、通行止めの電光掲示板が目に入りました。心臓がきゅっとしました。「現実なんだ。」と、福島の避難されている人々は、今、この瞬間も原発の事故は夢であってほしいと思われているのだろうと想像したら、何も変わらない日常を送っていること、変わらない日常を送っている事で、原発の事故は、どこか他人事になってしまっていたことを、「通行止め」の表示に気付かされました。

 震災から明日で5ヶ月・・・新聞やテレビで見る映像は、被災された方々の日常の一部に過ぎません。分かっているようで、何も分かっていない、被災しなかった私・・・一日も早い復興と、人々の心の傷が癒されることを祈るばかりです。

 「通行止め」・・・・深く胸に突き刺さった電光掲示板でした。