寺庭のつぶやき

庫裡の繰り言

 寺庭のつぶやきは、日々感じる矛盾、人間関係、お寺ならではの苦悩、時には、つぶやきではなくぼやきもありますが、四苦八苦しながらお寺で生活をしているリアルタイムな話題を、お届けしたいと思っています。
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洪水のように・・

2018-03-22
 昨日の雪は間違いなく大雪でした。30センチほど積もったでしょうか・・今日はとても暖かく穏やかな日でした。積もり積もった雪がもの凄い勢いで解けています。あちらこちらに大きな水たまりができています。まるで、洪水のようです。
 
 私は雪が降ると嬉しくなります。特に植物にとって冬は雨より雪が心地よいと思います。少しずつ土に潤いを与えてくれます。厳しい寒さを雪がしのいでくれます。
 
 ゆっくり沁み込んだ雪解け水はやがて、地層によって異なりますが数年後、数十年後飲み水となります。雪が降ると、未来に水が供給されることを想像して嬉しくなります。
 
 雪かきに奮闘している息子には言えませんが・・買い物に出ると皆さん、一生懸命雪かきされていました。その姿を見ますと、雪が降って嬉しいなどと言ったら、呑気な人ね・・と言われてしまうでしょう。

天気予報は大当たり・・

2018-03-21
 朝窓を開けますと、数センチ積もっていましたが、この程度なら大雪とは言わないわ・・などと思っていましたら、8時30分頃から深々と降り始めました。あれよあれよという間に、当たり一面銀世界・・
 
 戦没者慰霊祭は午前10時からです。雪が降りしきる中、遺族会の方、来賓の皆様が続々と本堂に集まってくださいました。本堂内は、ブルーヒーターが勢いよく燃えていますが、扉は全開です。外からの冷気にヒーターが活躍するのは、ヒーターを取り囲む人々まです。
 
 一昨年まで一人二役していた住職に尊敬します。読経する前に御詠歌をしていたようです。私が御詠歌をさせていただくようになりますと、頼むよ・・と。私には、食事やお茶のお出しする仕事があります。エプロンをかけたり外したり・・世話しない状態で御詠歌のお唱えをすることに抵抗を感じながらも、仕方がありません。
 
 もう少し年を重ねたら、落ち着いた振る舞いができるようになるのでしょうか・・年だけ重ねて忙しさに負けて、忘れてはいけないことを忘れそうで・・先々が心配です。

大雪の予報のお蔭で・・・

2018-03-20
 今夜から、天気予報では雪になるそうです。数日前からお中日(春分の日)が雪予報のため、彼岸の入りからお墓参りに来られる方が多いことに驚いています。
 
 特に18日は駐車場に車がない時間帯はありませんでした。親戚も口を揃えて、21日は大雪の予報が出ているからと、お墓参りに来ていました。皆さん、しっかり天気予報を確認していることに驚いたり、尊敬したり・・
 
 忍野村では、戦没者の慰霊祭を春彼岸のお中日にします。数年前、お中日の数日前に大雪が降り、遺族会の皆さんが雪かきをしたという記憶はありますが、お中日に雪が降るのは初めての経験です。
 
 夜になると雪が降り始めました。天候に関係なく行事は粛々と行われます。東円寺では慰霊祭が行われますが、慰霊祭を終わらせた後、上野原の法性寺では彼岸供養が行われます。東円寺の諸準備と、法性寺の準備・・何かと準備するものが多く、いつも思うことですが、忘れ物をしないように注意しています。

試される・・

2018-03-19
 試される・・と言えば、お花を教えることです。教える・・という言葉が妥当であるかどうか疑問ですが、お花と対話するヒントの言葉をかけることが私の仕事だと思っています。
 
 私がお花のお稽古を始めたのは、お花を置く場所があり、けれども投げ入れ花というわけに行かず、自身もないので、お稽古したお花を生けてあったらそれでいい・・という程度の動機でした。
 
 気付けば、1年が経ち、5年が過ぎ、20年近く親先生にお世話になっています。私は、動植物が苦手だったので、まさか自分から花道を学ぶことが面白い・・と思うようになるとは想像していませんでした。何が私の心を魅了したのか・・と言えば、お花を生ける考え方でした。
 
 私は人が大好きだったようです。大好きと言えるようになったのは最近です。また、様々な経験をさせていただいたことで、自分の気持ちを整理したり、見つめることが出来るようになりました。そうしたことで、何よりも人が大好きだったことに気付きました。
 
 お花を生ける時、お花と対話するヒント・・と言いましたが、生ける人によって対話が違います。それは、人とも同じです。美しいと思うところが人によって違います。頭で分かっていても、なぜか自分の美しいと思う部分を相手に押し付けてしまう傾向にあります。
 
 美しいと思うところが違っても、その美しさをより引き立てるための技法は基本的には同じですから、その技法をしっかりお伝えできて、生徒さんが理解してくだされば、花をより美しく見せることができます。理屈は簡単ですが、植物との出会いも一期一会、今日という日に同じ空間でお花を学ぶということも一期一会です。この時間を大切に使えているのかどうか・・・試されているようです。

精神対話士として・・・

2018-03-18
 今日は、山梨市の街の駅で精神対話士のボランティア活動がありました。午前11時~午後4時まででした。精神対話士は5名待機していました。4名の方が来てくださいました。
 
 傾聴することは簡単なことではありません。私自身に物差しがあって、その物差しを話を聞きく相手に合わせてしまう衝動にかられます。けれども、相手にも物差しがありますので、基本的な対応は、「そうですね・・そうですよね・・」この言葉につきます。
 
 精神対話士のボランティアをすることは、自分を試されているように感じます。平常心であるだろうか・・不快に思うような言葉は使っていないだろうか・・励ましの言葉というより何か前向きに考えることが出来る手助けができているだろうか・・
 
 言葉は魔法です。言葉によっては、呪文をかけられたようにその言葉に縛られることもあるように思います。真逆に、無意識の中でときに幼少期の親子関係だったり、学生時代友達から言われた何気ない言葉に傷ついたり、けれどもその呪文を解くことも容易です。同じ言葉を使うなら、思わず心が弾んでしまうような、心が温かいなるような言葉を使いたいものです。