本文へ移動

東円寺行事最新

新着何でも情報

 忍野村の新着  東円寺の新着
  様々な新着情報を配信させていただけたらと思っています。
RSS(別ウィンドウで開きます) 

天台青少年比叡山の集いの感想

2013-08-11
 3年間、天台青少年比叡山の集いに参加してくれた親戚に感想を聞きました。『朝の空気の冷たさにホッとした。食事を作るために何人もの人が関わっていることを知った。不滅の法灯が消えないように油を絶やさないこと。毎日の生活で当たり前の事を続けることの大切さを知った。』このような感想を言ってくれました。
 
 比叡山の集いの期間中には、平和サミットが行われます。このサミットで感じたことも話してくれました。『平和サミットの中で、日本が災害に遭ったとき、海外からの支援物資でツナ缶が届いた。そのツナ缶は、その国では高級品として扱われている貴重な物だった。けれど、困ったときにはお互い様の心で、日本は救われたと話していた。戦争をしている地域からもお金が届いたと言っていた。この話を聞いて、ツナ缶が高級と思っていなかったし、戦争も知らない自分が、どれだけ平和な環境にいるのか気付かされた。』と、話してくれました。
 
 比叡山高校の生徒の代表が、平和について作文を読んでくれたそうです。学校では体験できない経験をしてくれたと思います。

困ってしまいます・・

2013-07-08
 「忍野八海ものがたり」の絵本についての問い合わせがとても多いのですが、この絵本は、小学校の副読本として制作されたので販売していません。しかし、忍野八海の歴史を伝える良い機会なので、何か対策を検討していただけたらと思っています。
 
 しかし、忍野村役場では、絵本について問い合わせがあると、「東円寺に問い合わせてください。」と言っているようです。版権が忍野村にあるので問い合わせがあっても、どのように答えたら良いのか・・
 
 忍野村役場の見解を統一していただけたらありがたいのですが、何の連絡もありません。ご興味を持ってくださる方がいることは、とてもありがたいことのなのですが、現状では何もできません。絵本にご興味がある方は、是非、役場に問い合わせをしていただき、販売を訴えていただけたらと思います。

少し複雑ですが・・

2013-05-26
 5月22日に、子育て地蔵尊祭チャリティーバザーの売上金を、教育委員会に寄付させていただきました。6年分のバザーの売上金はどのように使われたのか?分からないままでは残念です。住職は、「できるなら、本の購入費として寄付させていただいているので、遡って、何とかできないか・・」というお話を、教育長にさせていただいたようです。
 
 忍野村は、不交付団体です。ファナックという大企業があるお陰に、事業税が入ります。お金があるお陰???に、6年分の寄付したお金を計算して、遡って本購入費を作ってくださったそうです。
 
 少し複雑ですが、これで良かった???と思う・・・やっぱり少し複雑です。

批判ではありません。困惑しています。

2013-05-04
 子育て地蔵尊祭を、現在のスタイル(オカリナの演奏やバザーなど)で、お祭りをするようになったのは、7年前です。
 
 言い伝えによると、東円寺の子育て地蔵尊祭は、江戸時代から明治にかけて、それは賑やかなお祭りだったそうです。江戸時代のような賑やかなお祭りにならなくても、少しでも多くの方々に、地蔵尊祭をしているということを知っていただくにはどうしたらよいか?住職や当時の総代さんと話し合いをしました。
 
 知人に、さとうともにさんというオカリナの演奏をしながら、仏様のお話をされる方を紹介していただきました。演奏会を盛り上げるために、バザーをすることにしました。また、立礼でお抹茶を差し上げるなど、地蔵尊祭は、お参りに来られた方々に楽しんでいただき、春の息吹を感じ、生きている喜びを仏様に感謝する・・そのようなお祭りにしたいと・・
 
 バザーの収益金については、どこに寄付するのがいちばんであるだろうか?と、住職や総代さんと話し合ったこと思い出します。
 
  子育て地蔵尊祭だから、子供に関係のあるところにしたい・・・保育園や幼稚園に寄付するほどの金額ではないし・・・図書はどうだろう・・と
 
 図書館の職員さんに、バザーのお話をすると、とても喜んでくださいました。村の予算内で購入することのできない本の購入費に充ててくださるという話でしたので、バザーの売上をそのように使ってくださるなら、毎年頑張らせていただきますと・・
 
 今年のバザーの売上金は、お届けしていませんが、6年続けてきたので、どのような本が購入されたのかをお聞きして、東円寺だよりで紹介しようと思いました。
 
 しかし、お話を伺うと耳を疑うお話でした。「1年目の時には、図書購入費として、東円寺から届けられたバザーの売上金ということで、「○○の本を購入しました。」と、忍野村の広報に記載させていただきました。その後は、図書館は何も聞かされていないので、分かりません・・」と。
 
 毎年、バザーの売上金は、教育員会に寄付しています。その度に、広報に写真入りで記載されています。では?その後のお金の扱いは、どうなっているのでしょうか?
 
 頭の中で「?????
 
 バザーのために、葬儀でいただいた缶詰を取っておきます。法事でお供えいただいたリンゴは、ジャムにして保存可能に・・様々な思いを踏みにじられたような悲しく、切ない気持ちです。
 
 バザーを止める気持ちはありません。バザーを始める時に、お地蔵様と続けることをお約束したからです。子供たちの健やかな成長を祈る地蔵尊祭りです。今まで以上に、思いを込めて頑張りたいと思います。

小出健治「不動明王を描く」

2013-05-02
 小出健治さんが、不動明王を描くようになったのは20年ほど前からだそうです。なぜ?不動明王を描くようになったのか聞いてみました。
 
 不動明王を描くことによって、情念・想念・邪念を取り払い、あらねばならない人としての姿、清々しい心でありたいと思う・・・と。しかし、邪な気持ちが邪魔をすると・・・
 
 不動明王から感じる事は、人間の欲望を否定しない、強い意志の力、熱いエネルギーだそうです。なぜ?不動明王を描きたくなるのか?それは、人を好きになるのと同じことだと言われました。人を好きになることに理由などないと・・
 
 小出さんに様々な質問をしながら、感じる小出画伯という人物は、絵を描くことを通して、自己を見つめておられのだと・・・
 
 不動明王は、自分に都合の良い存在であるとおっしゃっていました。あれも、これもと浮かぶ、邪念や情念、様々な自分の願いを、不動明王は聞いてくださる存在であり、心が救われると・・
 
 私たちは、仏様に手を合わせることで、願いを聞いてくださると希望を持ち、聞いてくださったのだと安心する。それと同じだなと・・
 
 奥様のお話では、小出さんの油絵の絵具の量は、一般的な量と比べると多いそうです。確かに、絵を横から拝見すると、絵具は浮き出していて荒々しくとがっています。
 
 油絵の魅力は、一本一本の線や、一筆一筆の力強さがなければ味気ないとおっしゃいました。小出健治画伯の不動明王は、荒々しくも感じますが、画家のお人柄なのだと思いますが、優しさがにじみ出た絵です。

天台ジャーナル 第126号

第126号天台ジャーナルに掲載されました

第48回天台青少年の集い

(2013-09-03 ・ 1961KB)

 必然なのか、偶然なのでしょうか?おかみそりを受けている写真の子供は、東円寺から参加してくださった子供さんでした。また、最終日、研修生代表で親類が修了証が授与されました記事が載っています。
 
 また、「鬼手仏心」には、比叡山宗教サミットのスピーチが紹介されています。

寺門興隆 7月号

寺門興隆 7月号

(2013-07-01 ・ 1243KB)

 寺門興隆は、寺院実務誌です。多様化した社会の中で、寺院の役目とは何か?また、様々なトラブルなど、全国の寺院の実態を取材した情報誌です。購読されている寺院は多いかもしれません。
 
 取材していただいたのかどうか、住職の記憶が曖昧なために、事実は分かりませんが、「忍野八海ものがたり」について、コンパクトに分かりやすく説明くださっています。

絵本 忍野八海ものがたり 学習会資料

絵本 忍野八海ものがたり  制作の動機と道のり
 
平成12年  
富士吉田歴史民俗博物館での富士山関連企画展に東円寺の版木を貸し出す。
(富士山登山案内図 企画展図録 資料・1 )   
東円寺版木 写真・1)
 
当時、富士吉田歴史民俗博物館の学芸員で、現在は山梨県学術文化財課におられる、堀内真さんが、東円寺の版木を借りに来られました。堀内真さんは、富士講研究の第一人者です。堀内さんは、「東円寺さんは非常に歴史の古いお寺です。この版木の他にも、富士講に関する古文書がたくさんあるだろうから調べてください。」と言われた一言が、忍野八海を調査するきっかけになりました。
 
平成18年9月  (まねき 写真・2)
 富士吉田歴史民俗博物館の富士講の「まねき」の中には、「大我講」の「まねき」が残されていました。
 
(富士講系図  資料・2)
富士講についての知識がなかったため、様々な資料を集める。角行・弥勒の始めた富士講講中・講社名の富士講系図を見ても、大寄友右衛門が作った「大我講」の名はありませんでした。
 
(東円寺古文書の整理に着手 写真・3・4・5 )
東円寺古文書には、忍野八海を再興した時の収支決算報告や、次年度の収入予想などが書かれた台帳(写真・3)、「大我講」の講中名簿(写真・4)、最盛期は千数百人を要した大講中だったことが分かります。また、東京上野にある寛永寺(東叡山寛永寺)からの書簡(写真・5)がありました。
 
(人穴入口道標 資料・3)
「大我講」について資料を探そうと、インターネットで検索すると、富士宮市のホームページにヒットしました。写真があり、「大我講」の道標が記載(資料・3)されていました。 
 
平成19年2月(大我講道標 写真・6)         
富士宮市にある人穴に行きました。簡単に見つけることが出来るだろうと思いましたが、見つかりませんでした。日を改めて、富士宮市文化財課で場所を聞き、2月12日再度人穴に行きました。人穴には、大小様々な供養塔が建っています。しかし、「大我講」の道標は、供養塔群から離れたところに、ぽっつんと建っていました。その道標からさらに、山道を行くと、「大我講」の同行者名簿の刻まれた石碑がありました。その先には、人穴があり、中には地蔵尊のような石像仏が安置されていました。
 
「大我講」に関する軸  
(八大竜王軸 写真・10 清洲真揮毫の拓本 写真・11)
大寄さんの子孫が修復してくれた軸の他に、友右衛門さんが書かれた八大竜王(写真・10)と、清洲真揮毫の拓本(写真・11)がありました。拓本には、大我講初代大先達友右衛門さんから三代続いた先達名が書かれていました。拓本揮毫者「清洲真」さんなる人物については、見当もつきませんでした。後日、岡田紅葉写真記念館の学芸員の一瀬一浩さんに見せる機会がありました。彼はこの軸をひと目見て、「渡辺真」さんの書いたものだと言いました。明治維新後、市川大門の初代村長は、渡辺真と言う方で、雅号を「清洲」と名乗っていたことを知らされました。彼は、小学校の授業で、市川大門の偉人の一人として、必ず勉強していると話してくれました。早速、インターネットで「渡辺真」と検索すると、小学校の教材で子供たちが勉強していました。また、子供たちは紙芝居を作って、発表していることも紹介されていました。
調査を重ねるほど、大寄友右衛門さんの偉業を後世に残さなくてはいけいと強く思いました。しかし、どのような方法なら、興味関心のない人が興味を持ってくれるのだろうか。真剣に悩んでいる時に、一瀬さんから聞いた話は、地域の歴史を残すには、子供達を教育をしなければいけないということを痛感しました。
 
 
平成21年10月(大寄友右衛門さんの子孫、大寄晋殿に手紙を送る  資料・4・5・6・7・8  写真・7)
古文書を整理していると、昭和61年12月25日に、大寄晋さんという方から、東円寺の先代に宛てた手紙(資料・4)が出てきました。その手紙には100年以上の時を経た軸(写真・7)の修復について書かれていました。先代が亡くなった今では、詳細を聞くことができません。恥を忍んで大寄晋さんに手紙を出しました。平成21年11月3日付のお手紙(資料・5)と、弟さんの赳彦さんが自費出版された、「富士と四尾連湖」(資料・6)を送ってくださいました。軸のコピーも入れてくださったので、早速、この軸を探しました。すぐに確認することができました。それ以外に、「大我講」に関する貴重な軸を確認することができました。
晋さんの叔父は、大寄友右衛門さんの直系の5代目の子孫で、第一回忍野八海祭りに、忍野村から招待されていました。このことは、当時の新聞(資料・7)でも大きく取り上げられました。
大寄赳彦さんは、大寄家の先祖の調査をしておりました。調査しても、新しい発見はなく、本を出版することで、新しい情報提供があるのではないかと、「わらにすがるような思いで、自費出版された」と話されていました。20年以上前の手紙を縁に現在も交流は続いています。
赳彦さんは、富士山学会の会員で、幾つか論文を発表されています。忍野八海が富士山世界文化遺産の構成資産になるにあたり、現在までの忍野八海に関する論文(資料・8)をまとめてくださいました。役場の教育委員会、企画課と東円寺に贈呈されてあります。
 
平成22年3月  (御内八街道供養 写真・8  資料・9)  
平成16年9月に、身延町にある八坂地区付近の林道の拡張工事をしていたら、大きな石碑が出てきました。その石碑には、御内八海道供養と寄付者(写真・8資料・9)の名前が刻まれてありました。代表の赤池英至さんが、東円寺を訪ねて来ました。赤池さんはすぐに奉賛会を立ち上げ、どのような理由でこのような石碑を立てたのか、調査が始まりましたが、雲をつかむような話だったと言います。平成16年から、現在までの調査報告書を作る段階で、忍野八海と関係があるのではないかと言われたそうです。私も驚きました。石碑に刻まれている名前の中に、「大我講」の講中名簿にある方が、12名いました。
 
52日  (身延と四尾連湖  写真・9)
御内八海道供養の碑を確認しました。また、「大我講」の講中にとって四尾連湖は大切な場所だったようです。四尾連湖は、火口湖です。とても神秘的な湖です。尾崎竜王(写真・9)が祀られています。石碑の確認をしました。
 
 
平成23年  12月
絵本などの構想に入ってから、5年の歳月が流れました。絵本にするなら、現代風で力強く、勢いのある絵を描く作家さんを探していました。そんな時、「山梨いまじん」に紹介された「こいでなつこ」さんの記事が、インターネットに載っていました。紹介している絵本の絵を見て惹かれました。早速、北杜市在住の彼女の家を訪ねました。作家さんの父親は、油絵画家の方でした。アトリエには、迫力ある油絵が、飾られていました。
 忍野八海に纏わる歴史を話し、大寄友右衛門さんと八海誕生の秘話を絵本にして、後世に残したい旨を語り、ご協力をお願いしました。快くご承諾をいただきました。
5年の間、試行錯誤の連続でした。構想はあるものの、現実の問題がありました。それは、絵本発行の費用です。スポンサー探しをしましたが、なかなか思うように進みませんでした。半ば諦めかけていた頃、役場より、「住職、以前お話されていた絵本はどうなりましたか。」と問い合わせがありました。暗礁に乗り上げている事を話すと、「忍野八海ものがたり」の出版費用を補助するので完成してもらいたいとの有難い申し出を受けました。本格的に絵本の作成に入りました。
こいでなつこさんは、多くの資料を集めてくれました。史実を忠実に描く努力をしてくださいました。忍野村や市川大門、富士吉田歴史民俗博物館にも足を運んでくれました。何よりも難しかったことは、宗教が深く関わっているので、宗教について理解することが大変だったようです。しかし、理解すればするほど、友右衛門さんがされた忍野八海再興は、多くの人々に知ってほしいと思ったそうです。
「忍野八海ものがたり」について、「こいで」さんとの話し合いで大変だったことは、様々な情報 を得たことで、皆さんに知ってほしいことが増えたことです。彼女は、絵本の内容を深く書きたいと言ってくださいました。しかし、大人でも難しい宗教を子供に分かりやすく伝えるのは至難の業です。文章ではなく彼女の絵の魅力で、当時の忍草村の様子を十分に伝えられることをご理解いただき、内容については、子供たちに分かりやく伝えることを重視しました。
 
平成24年  4月
着色されていない絵本の原案ができました。天保14年より170年あまりが経ち、忍野村の人々は、忍野八海は名水百選であるとか、天然記念物であるということしか知りません。私もこの村に生まれ育ちましたが、この偉業が語り継がれていないことを痛感しました。平成元年に作られた「忍野村誌 第2巻」の中には、大寄友右衛門さんと忍野八海の関係が書かれていますが、村人が村誌を読む機会はほとんどありませんので、村人にとってこの話は、初めて聞く話になりました。役場内部では、「事実と、違っているのではないか」と、様々な議論があったようです。話し合いを重ね、ご理解いただきました。
 
平成25年3月  「忍野八海ものがたり」 完成
 
おわりに
 
「忍野八海ものがたり」という絵本は、忍野八海誕生秘話の一部に過ぎません。「大我講」についてもほとんど知られていません。この絵本を読んでくださった子供達の中から、将来、興味関心を持って調査をしてくれる人が出てくることを期待しています。更に、多くの事実が発見されるかもしれません。
 忍野八海の誕生を理解するには、仏教・修験道・道教・陰陽道・富士講などの知識が必要です。最近分かったことですが、修験道は、和歌を詠んでから禊をするそうです。
 忍野八海のそれぞれの池の石碑には、八大竜王と和歌が刻まれていますが、なぜ、和歌を詠んであるのか不思議でした。和歌は、修験道においては必要なものであったのです。
 八大竜王は仏教の法華経の教えです。北斗七星は、占星術で道教の教えです。池には竜王を祀り、東円寺の天井には鳳凰が描かれています。これは、陰陽を表していて、陰陽道の教えです。大我講は、これらの宗教を取り入れた富士講です。忍野八海は、見方を変えると、様々な尊い教えを凝縮させた欲張りな池です。
 けれども、忍野八海誕生の秘話が、村人に語り継がれていない事は、大変残念なことです。富士山世界文化遺産の構成資産に忍野八海が登録されることで、大寄友右衛門さんの偉業を、忍野村の子供たちが理解し、未来に向けて保存活動をしてくれることを願っています。
 最後に、天野康則村長をはじめ、多くの方々のご理解ご協力により、「忍野八海ものがたり」が出来ましたことに感謝申し上げます。
 
※参考資料の写真は、東円寺寺宝文化財「忍野八海古文書類」に紹介してあります。

平成25年5月8日 毎日新聞『山梨版』

原画展

2024年4月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  • 八海清掃
TOPへ戻る