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寺庭のつぶやき(2010年)

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神奈川県妙圓寺さんの初辨天大祭

2010-12-16
準備は着々と・・
今年もありがとうございます
 今日は、神奈川県にある妙圓寺さんに伺いました。初辨天のための吊し雛を作る今年最後の日でした。私(寺庭)は、数ヶ月に一度しかいけません。お手伝いしたい気持ちだけは人一倍なのですが、なかなか思うように時間が取れません。今日もおいしいお茶とお茶菓子をいただいて帰ってきました。吊し雛は本当に手間がかかります。一年の時間をかけてとてもかわいく出来上がっていました。是非、妙圓寺さんの初辨天にお出かけください。東圓寺で作ったリンゴジャムも、チャリチィバザーで販売されます。昨年の様子は、東円寺からのお知らせをご覧ください。

誕生日・・

2010-12-15
ありがとうございます・・
嬉しい贈り物・・
 昨年も同じ日に同じ事を書きました。今日は、私(寺庭)の誕生日です。誕生日は、誰かに祝ってもらう日ではなく、この世に私を誕生させてくれた親に感謝する日です。(住職の請負ですが・・)
 親にしてみれば、子供が誕生日を迎えることは幸せなことです。また、親より一日でも長生きすることが、何よりの親孝行かもしれません。その子供が、「私を生んでくれてありがとう」と感謝をしてくれたら、どんなに嬉しいことでしょう。しかし、感謝を言葉にしなくても、感謝する気持ちが大切なのだと思います。今日は、私自身が何かと忙しく両親に電話をかけることを忘れてしまい、つぶやくことで、言い訳をしている気もしますが、明日にでも、連絡しようと思います。
 写真のシクラメンは、贈り物です。毎年、送って下さる知人に感謝です。シクラメンの鉢が置かれている場所と相性が良く、来年の5月頃まで楽しませてくれます。
 もう一枚の写真は、お歳暮でいただきました。私はお酒が飲めません。(お酒を苦く感じ、美味しいと思えないので・・・)炭酸飲料ですが、雰囲気を楽しみ、味を楽しんでいます。(とても美味しいです) 今日も様々な方に感謝です。

今頃・・

2010-12-14
12/14お昼頃・・
左の写真と比較してみてください
右の写真と同じ場所から
 昨夜は、園舎解体後の風景が頭から離れず、なかなか寝付かれませんでした。園舎があったお陰に、土地が広いということを意識しないでいられましたが、とても広いことに驚きました。(今頃ですか?と言われそうですが、人間の目は節穴です。特に私ですが・・)
 段下での解体工事なので、他人事のようです。本堂では、解体工事中でも、法事や葬儀が普段通りに行われています。とても不思議な感覚です。
 東円寺今昔写真館に、今年2月に雪化粧した東円寺の山門から写した写真を更新しました。こちらもご覧ください。

解体工事も・・

2010-12-13
 今日は、朝から大粒の雨が降っていました。気温が低ければ、大雪だったことでしょう。しかし、気温は下がらず、比較的温かかったので、雪は今現在降っていません。
 そんな大雨の中、解体作業は大詰めです。建物は、がれきの山になりました。寂しい気持ちもありますが、新しいスタートでもあると思います。山門がなかなか立派に見えます。裏山が目に入るので、奥行きを感じます。昭和30年代の写真の頃と同じ風景に、感動しています。重ねた年数は、木々の大きさを見比べると、確かに50年の歳月を感じることが出来ます。
 年の瀬に来て、来年の抱負を思うと、また、スタート地点に立たされた気持ちです。仏様が、大きな宿題を出してくれました。とても難しく、やり甲斐のある宿題です。少しずつ問題を解決していきたいと思います。

死について・・

2010-12-12
 親の死を身近に感じたときに、初めて『人は皆死んでいくのだ』と実感しました。
 14年前、母親が腎不全になりました。人工透析をしなければ命の保証はないと宣告されました。母の父、私にすれば祖父が亡くなったばかりでした。母は、「人工透析をするくらいなら死んだ方がましだ」と思ったそうです。しかし、父が説得をして、シャント(人工透析をするために必要なもの)の手術しました。それから、週3回の透析をしています。
 『お母さんが、死んでしまうかもしれない』と思ったと同時に、葬儀の事を考えました。今の私に出来ることは何なのかを考えましたが、親に何もしてあげらえない自分に愕然としました。そんな風に考える人は珍しいと、後になって母親に言われましたが、本気で考えていました。
 人工透析のお陰に、元気にしています。人工透析も10年以上のため、シャントの不具合があり、左手から右手にシャントを作り変えることになりました。
 母の口癖ですが、「震災にでもあって、人工透析ができなくなったら、私の命はないのだから、今日一日を精一杯生きるだけだ」と言います。言葉を返せば、「明日の命は分からないのです」そんな母の姿に、命のはかなさと、人間の精神力の強さを教えてもらっています。
 いつどのような形で別れが来るか分かりませんが、来るべき時に後悔しないように、母親との時間を大切にしようと考えると、自分の来るべき時の時も後悔したくないから、やっぱり生きることを大切にしようと思います。
 今、私に出来ることは、シャントの手術の成功を祈ることです。
天台宗 東円寺
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