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お寺って何??

ご縁・・

2020-06-09
 天台宗では、天台ブックレットという小冊子が年4回発行されている。No.97号に「ご縁の話」があった。とてもためになるお話なのでご紹介したい。
 
 「縁」という言葉は、日常生活に深く浸透している言葉だが、「縁」は本来重要な仏教用語で、条件とか働きかけを意味する言葉であり、因果、因縁なども深い意味を持つ仏教用語である。因果関係や因果応報もよく聞く言葉だと思うが、分かるような・・分からないような・・曖昧な解釈の方も多いかもしれない。しかし、植物の成長に例えて説明されると分かりやすい。
 
 「一つのさやから採れた同じ豆粒でも、やがておなじような芽を出し花を咲かせて実を結ぶとは限らない。土質や雨露や陽当りなどの関係で、立派な芽を出して花を咲かせることもあるが、あるいは萎んで枯れてしまうこともある。また鳥にほじくられてしまうこともある。鳩の餌にされてしまうこともある。煮豆にされたり煎り豆にされてしまうこともある。味噌になったり、油になったりする。この場合、豆類が因で、土(土地の肥沃さなど)・水(降水量)・日(日照時間)、ハトや鳥・塩や麹、人の働きかけなどが皆縁である。そのうな因と縁が結ばれ、それぞれの果を生む。その果がまた次のものの因と縁となっていく。世の中すべてのものごとがこのように関わり、それが縁起の姿である。」と・・・
 
 しかし、人生のこととなると話は複雑になる・・と話は続いていく。「縁」について縁起が良いとか悪いとか、ご縁があるとかないとか、縁起をかつぐとか、おおむね吉凶の兆しという意味合いから、無意識に無数の縁の中から自分に都合の良い縁(良縁)だけを選び取ろうとしているように思う。しかし、良縁だと思っていた縁が何かのはずみで悪縁に変わったり腐れ縁になったりする。縁は絶えず変化するのでそれを思い通りにコントロールすることはできない。そこから人生のさまざまな苦しみが生まれることとなる。
 
 縁について、縁を生かすも殺すも自分次第である。世の中は理不尽なことに満ちている。正直者が馬鹿を見ることもあるし、努力が報われないこともある。良かれと思ってしたことが裏目にでることもある。思い通りにいかない人生だからこそ、苦も楽も引き受け覚悟を決めて与えられた縁を生かすことに心を傾けるのが賢明だと。
 
 「縁」についてとても素敵なエピソードが満載の天台ブックレットNO97 ・・ぜひ読んでいただきたい。
 
 
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